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全然寝ていないのに目が冴えて仕方がない。天井を見据えて小さな舌打ちを零した。
音の余波が天井を這って暗闇に飲み込まれていく。すると、その重たい黒がごそりと動いた気がした。
目の錯覚だろうかと思ったのも束の間、それが幻覚でないことを知る。
「御機嫌よう」
ぬらりと姿を現したのは大きな蜘蛛だった。物理的に息が止まった。一瞬後にバクバクと鳴る心臓。目が合う。光もないのにてらてらと輝く背中に、僕は漸く短い悲鳴を上げた。
「ひっ」
「驚くのが随分と遅いな」
電子音のような声は鮮明に蜘蛛から発せられていた。まるで、蜘蛛が喋っているかのよう――
「オマエ、勘違いしてるな?」
「えっ」
「喋っているのは私だよ」
ゆらりと闇の隙間から姿を現したのは、黒いローブを身に纏った人間だった。
目深にフードをかぶっていて、顔は見えない。「おいで」と一声、蜘蛛がその肩に移動する。それを見てパチンと緊張が解けた。
「な、どうやって入ったんですか」
「は? オマエが呼んだんだろ」
「え?」
僕がいつこんな訳も分からない人を呼んだというのか。
「オマエ、忘れたいことがあるだろ?」
その言葉に、もう一度、ひゅう、と息が止まった。
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