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もう引き返せないと身体の中心が拍動する。一方、脳裏は理性を保ってクリアに晴れる。
これは夢だから、大丈夫。
だいじょうぶ? なにが。
これ以上沈む場所などないほどの絶望に身を浸しているはずなのに、自分の心の奥底にまだ隙間があることに気がついた気がして――ぎゅっと目を瞑った。
「何やら不安そうだがこれはビジネスだ。クーリングオフ制度としてピアノを弾いたら記憶を取り戻せることにしておこう」
「8日以内に?」
弾かないだろうな、多分。
「あ、言い忘れたが、記憶を盗む対価として同じ価値のものをいただく」
これでも泥棒だからなと言う声に慌てて目を開く。
「え、それって、具体的には」
夢に飲み込まれるようにぐにゃりと世界が曲がる。蜘蛛の巣が視界を狭める。
闇の中に居るはずなのに、ワンダーランドに迷い込んだみたいに景色が闇に溶けていく。
「――盗まれてからの、おたのしみ」
黙って盗むのはポリシーに反するんじゃなかったのかよ!
楽しそうな声がスパークして、そうして――パチン、と夢から醒める。
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