羨望

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その客のことは何度か店に居合わせたことがあるから、顔は見たことがある。 名前は原田。日の光を浴びて働いている人間特有の、健康的な日焼けした肌をしていた。 相手はやはり、敏郎のことをまるっきり忘れているようだった。 原田は腹にたまらないタコわさをちびちび食べながら、新参者の客相手に先輩風を吹かせて上機嫌になり、どんどん酔っ払って、しょうもない話に花を咲かせた。 「それでさ、あいつ夕飯に冷凍ギョーザなんて出してくるんだよ? 俺より家にいる時間長いのに、なんのためにいるんだよって話だよ」 「でも、んでしょ?」 敏郎の顔に暗い炎がゆらめいた。 「おっと、悪りぃ。一人身だったか」 男はがさつな笑い声をあげた。 「でもよお、結婚なんてするもんじゃないって。一人のほうが気楽だよ? 稼ぎはもってかれるし。こっちは疲れてんのに、いちいち帰りに牛乳買ってこいとか、トイレットペーパー買ってこいとか、うるせぇし。子供らは毎週末どっか連れてけってせがんできて、休みはつぶれるしよぉ。うっとうしい女房と子供なんて捨ててさあ、 俺も独身時代に戻りたくなるよ」 男はおどけた調子で、自分の言葉に自分で深く相づちを打った。 敏郎はふと、あることを思いついた。 「できることなら、他人の人生ととりかえたいですか」 濃いクマに縁取られた敏郎の瞳の奥が、きらりと妖しく光った。 男は笑いながら答える、 「まったく、本当に……」 突然、閃光が走り、あたりがまっ白になった。
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