花束と鉢植え

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朝のまだひんやりとした空気の中、私は鉢植えに水を注ぐ。光の粒が、ゆっくりと私の心を温めようとする。手のひらを揺蕩うそれらのうちどれか一粒くらい、あの指輪の溶け残りだったりしないだろうか。 鉢植えのこの植物は、未だ一度も花を咲かせたことがない。「ピンクの可愛い花が咲くんだって」これをプレゼントしてくれる時、彼は確かにそう言っていたのに、それが嘘だったのかと思うくらいだ。毎日水もやって、時々話しかけたりだってしているのに、今年もまたこの子は蕾をつける気配もない。 「じゃあ、昼過ぎには戻るから」 眠ったままの鉢植えに声をかけて、私は一人家を出た。 等間隔に並んだ墓石の中から、迷いなく彼のものを見つけられるようになったのは、最近になってからのことだ。彼は今日も静かな空気の中、物も言わずにそこに佇んでいる。 彼の訃報を耳にしたのは、あれから一年と少しが経った頃だった。癌だったんだそうだ。 言葉の少ない彼だった。彼が肝心なことを言わなかったのは、優しさだったんだと思う。私にとっては、残酷な、優しさ。 私達は二人ともあまりに不器用だった。不器用で、それでも正しく愛したくて、お互いに遠慮して、伝わらないまま。 私の手の中には、色鮮やかな花束。 彼の墓石の前には、先月の枯れて萎れた花束。 彼と暮らしたリビングには、花を咲かせることのない鉢植え。 彼の足元で、花は何度も枯れる。 それでも何度でも、私は彼の元へと花束を届ける。 私の手元で、鉢植えは根を張り続ける。 それでもいつまで経っても、その鉢植えは花を咲かせることはない。
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