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それから私達は、ぽつりぽつりと言葉を吐き出し始め、そしてやがてそれまでの数年が嘘のように思い出話をした。なんだか魔法にかかったみたいだった。彼はとても楽しそうにニコニコと笑った。それが指輪の力なのか、それともただお互いが「最後くらい」と思っただけなのか。
日が落ちて夜が更ける頃には、これならもう一度やり直せるんじゃないか、なんてポツリと思ってしまった。けれどそんなのあまりに今更だから。それは幻想だと自分に言い聞かせて、淡く熱を持ったそれを私はまた、心の奥に押し込めた。
トイレに立って、リビングに戻って来ると、彼がソファでうとうとしていた。
その左手の薬指の指輪が、淡く溶けるように宙に光の粒子を放っていた。
『眠ったらするっと溶けて消えるんだってよ、面白いでしょ?』彼が言った。
消えないで。
そう思ったのに、口に出せなかった。
だから私は彼を起こさなかったし、やがて彼の左手で離婚指輪は呆気なく消えた。
その日私はベッドで一人、左手のそれを指でなぞっては、なかなか眠れなかった。
離婚指輪...こんな指輪でも、消えてしまうのはなんだか嫌だった。
それでも私は、彼を起こさなかった私は、最後にはすとんと眠りに落ちた。
目が覚めたのは昼過ぎだった。リビングに顔を出した時には、彼はいなくなっていた。机の上の離婚届もなくなっていた。窓際の小さな鉢植え。彼がくれたその鉢植えしか彼との思い出は残されていないんじゃないかと思うくらいに、部屋は綺麗に片付いていた。
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