逃避行

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逃避行

どうして常務は一人なのか 奥様のことはどうなっているのか 聞きたいのに聞けない思いは 私の中の罪悪感を膨らませていく 常務の左手に光る指輪を見るたび 口を突いて出そうになる疑問も 常務に見つめられるだけで 魔法にかけられたみたいに飲み込んでしまう だから週末のたび、なんとか理由をつけて逃げ出してはみるものの いとも簡単に捕まる そして・・・逃げ出そうとする気分まで削がれるように抱かれたあとは 罪悪感とともに膨らむ気持ちを誤魔化すためにボトルを開ける 24時間常務と一緒にいることに 最大限に膨らんだ罪悪感が破裂するのは直ぐだった 遅れていた梅雨明け宣言が発表された日 常務が社長に呼び出されたタイミングを見計らって 迷いなくハンドバッグだけを持って会社を飛び出した 中央駅まで徒歩二分、傘要らずの距離を必死で駆ける とにかく遠くへ行きたくて 表示された料金の一番高額なボタンを押した 既にホームで待機中の電車に乗り込むと、座席に深く腰掛け 念のため携帯電話の電源を切った 他には・・・ ハンドバッグの中を見ながら とりあえず“今”するべきことを探してみたけれど ビジネスバッグと違い、小さな手持ちのバッグには携帯電話と財布、小さなポーチだけで余計なものは入っていなかった ・・・怒ってる、かな 社長の呼び出しの内容が読めないから 私が居ないことに気づいているかもしれないし まだ気づいていないかもしれない そんなことより 私は職務を放棄して逃げ出したのだから 会社はクビになるだろう 「ハァ」 動き始めた電車の揺れを感じながら 頭の中を占めるのは常務のことだった
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