逃避行

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「凄っ」 電車に揺られること三時間余り 着いたのは潮の香りのする海辺の町だった 【海水浴場】 大きな看板に大きな矢印 それに・・・ 浮き輪を持った家族連れが大勢降りたから 有名な海水浴場なのかもしれない 週末とはいえ金曜日は平日、それなのに家族連れ? 行く宛てもないから その波に乗って歩きだす ただ、この中で私一人だけ 夏なのに長袖のスーツにハイヒール 場違いな格好に視線を集めていることだけが居心地を悪くしていた 気にしない振りをしながら歩くこと十数分 住宅街を抜けたところで目に飛び込んできたのは 水平線が曖昧なほど、どこまでも続く青だった 「綺麗」 キラキラ陽の光を乱反射する綺麗な水面に 沢山のパラソルと大勢の海水浴客 活気のある海の家からは美味しそうな匂いが漂っている 「流石に無理だよね」 足元を見て呟いた途端 「確かに」 隣にビーチサンダルを履いた足が見えた 「え?」 慌てて顔を上げると、日焼けした肌に白いTシャツがよく似合う青年が立っていた 「ヒールで海に来たの?」 「えっと、まぁ」 「変なの〜」 「・・・だよね」 「てか、暑くない?」 「フフ、夏だし」 「・・・俺さ、海の家でバイトしてんの、良かったら来ない?」 「・・・」 「ほら、オネーさん綺麗だから 特別に焼きそば焼いてあげる〜」 ケラケラと笑う彼は 砂浜までコンクリートの階段を三段下りるだけなのに 勇気の出ない私の手を引いた 「ちょ、ヒール、ねぇ」 最後の一段でフワリと浮いた身体は 筋肉質の腕に抱き上げられていた 「「ヒュー」」 どこかで上がった冷やかしに息を飲む 広い海に来た解放感に ジタバタしたい気持ちを飲み込んだ 「大人しいじゃん」 「目立つのは避けたいので」 「ヘェ」 砂浜のスタスタと歩く青年は 海の家が並ぶ、ちょうど真ん中で店に入ると私を下ろした 「・・・」 グラつくと構えたそこは 小上がりの席だった 「ほら、ヒール脱いで」 「うん」 踵を持ってそれを脱げば すかさず口笛を吹く彼に視線を向けた 「スゲー、生脚じゃん」 心許ない靴下を脱げば 砂浜も歩けるだろう 帰りのことを心配しながら ヒールの中に靴下を突っ込むと お座敷の端の席に座った
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