真実

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名の知れた企業の息子として生まれてきたことで 人間の醜さに触れ続ける 多少歪んでいると言った常務の気持ちが少しだけ理解できた気がした この春まで他の企業に席を置いてきた常務 今の躍進を見るたび、そこでの10年が色濃いものだったことが分かる でも、ただ、それだけのこと 常務個人は神社の願掛けの指輪にも縋るような普通の感覚を持った人なのに 周りはそうは見てくれない 凡庸な私が思うより沢田の家に生まれた孤独は深いのかもしれない 「うちに戻ると決めた俺に永田は秘書のリストを一番に持ってきた」 私の知らない人事の裏側 「迷わずあゆを指名した俺に、永田は“噂”の話をした」 「愛妻家の役員のため、という“噂”ですね」 「そう。可笑しいよな、そんなこと全然ないのに 親父は噂を殺してどうするって大笑いでさ」 永田課長から聞いた『直談判した』話 「現に第一秘書は全て男性です」 「確かにな、だからひとつの賭けでもあった」 「賭け?」 「それで、あゆが自分を特別だと勘違いするような女なら 一目惚れは諦める対象になる」 「私はどちらでしたか?」 「俺に全く興味がないばかりか 俺たちの間にいつも聳え立つ壁を感じた」 「妻帯者の常務への対応としては 間違っていないと自負しております」 「使える手立てがあることに初めて喜んだのに、とんだ見当違いでさ」 思い出し笑いをする常務をジッと見つめる 「強行突破することにした」 ・・・言ってる意味が分からない 「軽いワインと嘘をついてアルコールを加えた度数の高いものを選んだ」 「・・・そ、れは」 「酒が弱いと聞いたからな」 あの日の醜態は計画的だった 「酷い」 「あゆは記憶がないだろうけど ちゃんと堪能したから大丈夫だ あゆも、ほら、何度もイって・・・」 「常務っ!」 慌てて手を伸ばして常務の口を塞ぐ 記憶のない間の醜態に冷めかけた頬が一瞬で熱を帯びた それに・・・大丈夫って この場合の“大丈夫”の使い方は間違っている 「既成事実が欲しかった」 口を塞いだ手をそっと外した常務の顔は、微笑んでいるのに少し苦しげに見えた
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