強制連行

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強制連行

海水浴場からの帰りの車の中は 疲れているはずなのに、常務と繋がった手が気になって、上手にお喋りできていたか記憶が曖昧 気がつけば何度も何度もその繋がれた手を眺めていた 「あゆ?」 「はい」 「降りるから手を離していいか?」 「・・・っ!はいっ」 「フッ」 指摘されたことで車が止まっていたことに気づいて それが常務のマンションの地下駐車場だったことに驚いた わざわざ助手席側まで回ってドアを開いてくれた常務の手を、迷わず取ってエレベーターに乗り込む 空調が程よく効いているのに 繋がれた手から伝わる熱が全身に広がって 手に汗をかいていないかが酷く気になった 「ところでさ」 「はい」 「もう越してくるか?」 「・・・っ」 「いくら家賃補助があるとはいえ、勿体ないだろ」 この数ヶ月、ほぼ常務の家で過ごしていたから 借りているマンションは家賃を払っているだけの空間になっていた されど、まだ数ヶ月のこと このまま流されてもいいのか躊躇いもあるから もう少し有耶無耶にしたままでいたいと思う狡い私もいる 「あの」 「ん?」 「もう少しこのままで、お願いします」 ゆっくりと頭を下げた私の耳に聞こえたのは、小さな常務のため息だった 「もう少しってどのくらい?」 「・・・え、と」 躊躇いに切り込んできた常務は、私をソファに座らせると、間を詰めて隣に座った 「正直、まだ混乱しています 全てをリセットして、常務と向き合う時間をいただけませんか?」 「全てをリセットしなきゃいけないのか?」 「・・・それ、は」 「既婚者だと思っていただけのことだろ?」 「・・・」 「気持ちがあるのは俺だけだったんだな」 「・・・っ」 「こんなに好きなのに」 「・・・っ」 「あゆは俺を好きじゃない?」 押しに弱い私に常務は畳み掛けるように言葉を被せ 私の右手にその大きな手を重ねると 隙間を埋めるように指を絡めてきた トク、トクと叩くように打つ鼓動が 絡んだ手から常務に伝わりそうで嫌なのに 離して欲しくない思いもあって 相反する胸の内なんて、結局 捨てられる時に備えたい予防策みたいなものだと もっと狡い自分に気がついた
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