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これまで主が不在のため空室だった部屋の入り口は
在室である目印の小さな灯りが点いていた
コンコン
「どうぞ」
「失礼致します」
意を決して脚を踏み入れた常務室は
眺めの良いはずの窓にブラインドがかかったままの重い雰囲気だった
「ん、ちょっと待って」
「はい」
パソコンのモニターに視線を置いたまま声を発する常務は社長の御子息で
大学を卒業後、コネ無しの会社で働くこと十年
「そろそろ良いだろ」と社長に呼び戻されたらしい
“らしい”というのは
単なる噂話だから信憑性がないというものと
独立を画策していたことを嗅ぎつけた社長が、捻り潰したというもの
結局のところ直接聞くことも憚られる内容なだけに
触れないのが得策とばかりに忘れることにした
「これからよろしく」
漸く顔を持ち上げた常務は扉の前に立つ私と視線を絡めると、口角を上げて笑顔を見せた
「こちらこそ、宜しくお願いいたします」
事前情報で三十三歳とは聞いていたけれど
私の周りにいる同年代の男性より落ち着いて見える
濃紺の上質なスーツに身を包み背筋を伸ばした姿は
この部屋のボスになったばかりとは思えないほど存在感がある
「穴が空きそうだけど?」
手持ち無沙汰で凝視し過ぎたのか上がっていた口角は下がり
その切長の目に捉えられただけで一瞬で頬に熱が集まった
「・・・し、つれい、しました」
「クッ」
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