許されない壁

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落ち込んでいる暇はない 無断外泊しているだろう常務を一刻も早くお宅に帰さなくてはならない モゾモゾと動き始めた私の頭をもう一度撫でた常務は 「シャワー浴びる?」 特段慌てた様子もない 「・・・できれば」 少し焦っているところをみれば 釣られてくれるかも、なんて動こうとしたのに 「一緒が良い?」 なんとも甘い声で聞いてくるもんだから ウッカリ頷きそうになった 「・・・別でお願いします」 大人なのだから、ここは“過ち”として忘れることにしよう このままお互いに忘れられたら 万事上手くいく 二日酔いの割れそうな頭で思いついたのなんてこんなもんで 「先にどうぞ」 ひたすらバレないことを念頭に ダッシュでシャワーを浴びてからは 常務がシャワーを浴びている間に 床に散らばった常務のスーツにブラシをかけ 間違っても痕跡を残さないよう ワイシャツも入念に点検した 館内から乗り込める車寄せで常務がタクシーに乗り込んだあと 一歩下がって頭を下げたところで 「誰が一人で乗るか」 タクシーから一歩降りてきた常務に車内へ引き摺り込まれた 「・・・・・・ちょ、・・・っ」 どうやら焦っているのは私だけのようで 涼しい顔をした常務は「出して」と運転手さんに告げた 「あ、・・・あの、常務?ご自宅っっ」 続いて出てくるはずの声は 常務の長い人差し指が止めた 「あゆ、静かに」 いきなり下の名前を呼ばれたことに息を飲む 「なにもタクシーに乗るのは初めてじゃないだろ?」 子供を叱るみたいに「いい?」と人差し指を退けたあとは 「大人しくしていること」 常務の長い腕が腰に回ったまま 借りてきた猫のように 所在なく僅かに見えるフロントガラスから外を眺めるしかなかった
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