食堂

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「白露だな」  うん、と反射的に頷くと、一瞬男は目を細める。なにが相手の機嫌を損ねたのか分からず、控え目に俺は視線を下ろした。この人に見られるのは、なんだか居心地がわるい。  顔を上げようにも上げられず、このままいっそのこと眠ってしまおうかと思っていたら、助け舟を出すかのように天羽が咳払いした。  全員の視線が、一斉に天羽に集まる。 「今日、この場に集まったのには理由があります。役員の顔合わせ、及び生徒へのお披露目を兼ねています」 「顔合わせ?」 「はい。こちらが――」 「風紀委員長の桐生(きりゅう)だ」 「そして、僕は副委員長の三澄 朔」  ふーん、この二人は風紀委員だったのか。  それも、ウェイターに運ばれてきたココアの湯気といっしょに興味が消えていく。ほどよくあたたかなカップ。  カップが乗せられた器に添えられたミルク、それをココアに垂らしてティースプーンでかき混ぜる。次第に茶色だったココアは、あまくてまろやかな乳白色のココアに変わる。このほどよい甘さが、まどろみへと誘う。  一口含んだだけで、さっきからむかむかしていた気持ちがおさまっていく。天羽がすらすらと何か話しているが、俺はもう半分夢の中。うつらうつら、話を聞いているフリをしていると、――なぜか俺に視線が集中しているのは気のせいだろうか。  もしかして、俺が話を聞いてないのがバレたのか。めんどくさい。俺は見世物じゃない。 「……何…っ、――ん、んぐぅ!」 「そのまま噛め。…いい子だ」 「…けほっ!!」  僅かに口を開いた途端、桐生に顎を固定され親指で押し開けられた。押し退けようと腕を掴むも、桐生はそれを許さない。そのまま、桐生は何かを無理やり俺の口の中に押し込んだ。  吐き出さないように手で口元を覆われ、くるしくて涙が浮かぶ。ふざけるな、うざい。もごもごと口を動かせば、口の中に、わずかな甘さを含んだ酸味が広がる。  なにこれ、苺か?ようやく呑み込むと、桐生は俺の口から手を離した。涙を浮かべながら咳込む俺の背中を、三澄が撫でる。 「白露、どうだ。美味しいか」 「おいしい、けど」 「それは良かった」  よくない。桐生は満足げに笑うと、珈琲の匂いがするカップを口に運んだ。その動作がやけにさまになっていて、自分の眉間に深いシワが刻まれていくのを感じた。 「自分でたべろ」 「生憎、俺は果物が苦手でな」 「俺にたべさせるな」 「すぐ傍に可愛らしい口があったのでな。…これで俺に敬語を使わなかったことは不問にしてやる」  ああ、桐生は俺の口調に怒っていたのか。  だからって、こんな強引に口に食べ物をいれるな。桐生も三澄も風紀委員は、人に食べさせるのが好きなのか。俺は鳥の雛じゃない。食べさせられなくても、自分で食べられる。  不貞腐れていると、桐生と三澄は席を立った。  どうやら俺がぼーっとしている間に話は終わっていたのか、最後に俺を一瞥して二人は階段を下りていく。  二人が下りて行った後、食堂はまた興奮を抑え切れていない歓声に包まれた。ランキングだとか、役員がどうとか、この学園はよく分からない。  ただ、これが毎日続くのかと思うと頭が痛くなった。
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