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「……ん」
ゆっくりとカーテンを控え目に開ける音と共に、ふんわりした柔らかな風が頬を撫でる感触に意識が少しずつ浮上する。
次第に、身体を包み込んでいた心地良いふとんのぬくもりが離れていって、かわりに頬に触れたあたたかな手。ぬくもりを失ったおれは、そのぬくもりを埋めるようにその手のひらに頬をすりつけてしまう。ふふ、と耳に馴染む笑い声。次に聞こえたのは耳元で、ささやくちかげの声で意識が覚醒する。
「朝ですよ、凛月様」
「………おは、よ」
「はい、おはようございます」
おもたい瞼をうっすら開けると、耳元から少し離れた場所ににっこり笑みを湛えるちかげが立っていた。朝からまぶしい笑顔だ。ぼんやりとそんな顔を眺めていると、ちかげは片腕を首の下から差し入れ、両膝の裏に腕を回しておれの上半身を起こした。
そのまま片腕でおれの背中をささえながら、着ている部屋着のボタンを器用に片手で外していく。時折、肌に触れるちかげの指に、ぴくりと身体がふるえてしまう。それが少しいやで目を逸らすように顔を伏せると、ギシリ、とベッドが軋む音がする。
ベッドに片膝をのせたちかげは、下半身だけ身に付けたおれを横に抱えて、部屋に備え付けられた浴槽に向かった。
「お湯加減はいかがですか?」
「…ちょーどいい」
お湯の張ったバスタブに肩まで浸かりながら、 きもちよさに目を細める。ほんとうは頭まで浸かりたいけど、一度それを目の前でやると、それはちかげに危ないからと止められる。ばれなかったらいいかな。今度こっそりやってみようかな、とお湯の中に身をゆだねながら、ぼんやりとそう思った。
なんとなく、手のひらにお湯をすくって動かすと、ちゃぷん、と音が反響した。
「凛月様」
「ん」
何の意味も無いひとりあそびを繰り返していると、凛月様とちかげに名前を呼ばれる。それは、俺とちかげの合図だった。浴槽にもたれていたからだを少し起こして、瞼を閉じる。
少しして、大きな手のひらに優しく片耳がおおわれ、シャワーが髪から首筋に滴り落ちる。絶妙な力加減でシャンプーをされ、耳裏をなでられるのは少しくすぐったい。甲斐甲斐しく全身を洗われて、泡をながすようにシャワーを浴びて、脱衣所に出る。
「今日のご予定は?」
「…保健室か中庭にいく。昼は植物園にいってみる」
「おや、教室には行かないのですか?」
「……ん」
バスタオルで身体を拭かれながら、腕捲りしたちかげの腕を眺める。ちかげに教室にいかないのか問われたけど、そんな気分じゃない。もともと今日は植物園にいってみるつもりだったし。
この学園には、まだおれのいったことが無い場所がたくさんある。屋上もそうだし、本がいっぱい並んだ図書室とか。
「凛月様」
ちかげの片膝に片足をのせられて、手を添えられる。するりと下着に脚を通され、反対側も同じように上げられる。自分で着ようとして、腕まで引っかけてはだけたシャツのボタンを一つ、一つ綺麗に整えられる。
それが終われば、ちかげはドライヤーのあたたかな風で俺の髪を乾かしながら、髪を丁寧に梳かす。そんな優しい手つきに眠たくなりながら、うとうと微睡んでいるとブレザーに腕を通された。
「今日の朝食は、レタスとたまご、ハムを挟んだサンドイッチですよ」
「ありがと。……ちかげも半分、たべる?」
「ふふ、凛月様。私は後で食べますので、どうぞ召し上がってください」
はんぶんこ作戦。今日もだめだった。ちかげの作るご飯はおいしいけど、朝からこんなに食べれない。ちらり、と控え目に隣を見れば、にこりと無言の圧をかけられる。
ちかげは俺が朝食を食べ終わるまで、決して傍をはなれない。俺が残さないように監視をかねているんだろうけど、ちかげも座って食べればいいのに。口の中につめるように最後の一口をたべる。ごくん、と呑み込んだ後、ちかげは俺の椅子に手を添え引いた。
「それでは、今日もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ん、いってきます」
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