毒林檎

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「……ぽかぽか」  昼休み。今日は晴れていて中庭でねたかったけど、昼休みのあいだは他の人達もあつまるからあまり行きたくない。だから、いつもと違って静かで人気のない植物園のその奥で、咲いたちいさな草花の中で横たわっていた。  植物園は温室になっていて、さまざまな樹木や草花が手入れされてて、天窓から差し込む陽光が明るく照らしている。そんな建物を囲むように池があって、続く道には小さな小石の橋がある。どこか外の世界と切り離されたような、そんな浮世離れした空間が気に入った。 「あ、いたいた。凛月君~」  のんびりと、体を小さく丸めて横向きで、顔の横に咲くちいさな花を見ていた。そんな時だ。ねこもどきが俺の元を訪れた。この人は、俺が中庭で寝ている時に、天気が悪くなると教えてくれた人。  ねこもどきは俺にかるく手を振った後、俺を探していたのかすこしみだれていた呼吸をととのえて、俺の傍まできたかと思ったらしゃがんで俺の顔を覗き込んで、にっこり微笑んだ。 「………ねこ」 「そうそう、ネコチャンだよ~!覚えてくれてて嬉しいなぁ。あ、今日はね親衛隊で決めた決まり事を伝えにきたよ」 「決まりごと?」 「そ、決まりごと。まずは、凛月君を見ても騒がない。眠っている時は特に、眠りを妨げるなんてもっての外」  俺が眠る場所には必然と親衛隊の人たちがあつまって、なるべく俺から離れたところから俺を見守る。これから何か気に入らないこととか、不安なことがあれば相談してねと言われた。  それが親衛隊というものらしい。  それを作るのを許可したのも俺だし、この人たちが何をしようと勝手だ。ただ、どうしてそこまで俺のためにするのかは不思議だった。めんどくさくないのかな。 「あ、それとね!凛月君に紹介したい人が居て。おいでよ、ななみゃー」 「――っ、おい…!!」  思い出したかのように立ったねこもどきは、物陰に隠れていた人物の腕を引っ張って、俺の前に引きずりだす。  ――まっしろだ。  宇佐美とはまた違った、腰まであるさらさらした白藍の髪を後ろで一つに紐で縛っている。凍りついたように冷たく凪いだ、薄水色の双眸。引きずりだされた本人は、批難するようにねこもどきを睨み付けて、ぐぐぐと、掴まれている腕を握り返している。  それだけで、なんとなく二人の仲の良さが垣間見えた。つぶやくように、ななみゃーと口にすれば、心底驚いたようにばっ、とその人は俺を見る。 「俺もそう呼べばいいの」 「い、いえ!これは八尋が勝手に呼んでいるだけで…どうか七宮とお呼びください!」 「そっか、七宮」  七宮と呼べと言ったのは自分の癖に、俺が名を呼べば見開かれた瞳がゆらりと揺れた。それと同時に、返事の代わりに一度だけ首を縦に振る。全体に色素が薄いから、赤く染まった頬がよく目立つ。  俺に畏まった態度をとる七宮を見て、桐生と違って律儀だなと思った。そんなにかたくならなくていいのに。別に俺は堅苦しいのはすきじゃない。むしろ苦手だ。  だから、すこしいじわるをする。  俺を白露と苗字で呼ぶから、凛月と呼んでと七宮を見上げる。え、あっ、と 上擦った声を発しながら固くなる七宮がおもしろくて、目の前に立って、ずいずいと距離を詰める。 「いいの、ななみや」 「うっ、あ…」  ほら、鼻と鼻がくっついてしまいそうだ。  しばらく黙り込んでいた七宮は、何かを決意したかのようにごくり、と大きく喉を鳴らす。 「り、凛月様!!」  半ばやけくそ気味にそう叫んだ七宮に、俺は頷いてにっこり笑った。
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