勧誘

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「あっ…!嘘、凛月君だ…」 「やったあ、同じクラスなんだ!」  入学式が終わって、俺の決められたクラスに入るなり、複数の視線が容赦なく俺に突き刺さる。途端にそれまで少し浮ついていた気持ちは下がり始め、俺の視線は下へと落ちていく。 そんな俺を放って、教室に居た生徒は俺を囲み黄色い声で騒ぎ始めて、さすがに圧倒されてしまう。  居心地が悪くて、この場から抜け出したいとさえ思った。 「俺寝るから、ごめん」  残念そうな顔をされたけど、周りの人達は首が取れるんじゃないかと思うくらい首を縦に振っていた。案外、物分かりの良い人達なのかもしれない。そのまま人の間を抜け出して、適当に日当たりの良さそうな一番後ろの窓側の席に俺は座った。  座っても視線が向けられているのは変わりなく、だけどさっきよりも静かなのは俺が寝ると言ったからだろうか。他人の考えていることなんて分からない。  その視線を遮るように、俺は机に突っ伏した。  学校って、こんなに疲れるんだ。  もともと俺は学校に行くつもりはなかった。  俺は何も考えず、ただ眠っていたかった。だけど千景が将来のため、社交性を養うため、俺のためだってどうしても必要だと言うからこの天彗学園に入学したけど、さっきから視線が煩い。  そもそも、どうして皆俺に興味津々なんだろう。俺が入学式で挨拶したからなのか、それだとしてもただの一人の男子生徒である俺に対してクラスメートがここまで興味を抱いているのは不思議だ。正直、早く部屋に帰って寝たい。 「ああー!ねえねえ、透璃(とおり)!」 「うん、間違いないよ伊織(いおり)」 「「凛月君がいる!!」」 「……ん、なに」  今まで誰も話し掛けてこなかったのに、急に頭上から揃った声が聞こえて、突っ伏していた顔を俺は上げた。その声の主達は俺を覗き込むような姿勢で立っていて、それが思っていたよりも距離が近くて、俺はぎょっとした。  目を見開く俺にごめんね、と二人は謝りながら一歩後ろに下がる。  真新しい制服に身を包んだ二人は俺と違って、ループタイの紐の部分がリボンになっているタイを付けていた。肩辺りまで伸びた金髪に目を惹かれ、左右で対に結われた顔の横の髪は三つ編みにされている。何よりも驚いたのは、二人の容姿はそっくりなことだ。 「…君たちは双子?」 「そうだよ、びっくりした?」 「うん。…珍しかったから、ごめん」 「大丈夫だよ、慣れっこだから!」  双子の動物は見たことがあっても、人間の双子は初めて見た。ああ、そうだ。衝撃で忘れていたけど、遅れて視線の存在を思い出す。  女子生徒と見違えるほどの二人が混じったことで余計にチラチラと振り向かれ、俺は二人と視線を合わせることなく俯いた。  二人には申し訳ないけど、この視線は苦手だ。早く俺に興味をなくしてくれ、ともう一度瞼を閉じようとして、絡み取られた両手に、俺は固まる。驚いてすっかり眠気は吹き飛んで、俺はその手を凝視した。  白く、小さな手。それでいて、爪は綺麗に整えられている。少し角張った指先から辛うじて男の手だと分かるくらいだ。  困惑しながら控え目に顔を上げると、今度は双子が教室中の視線を遮るようにして、俺の前に立っていた。 「……え、と」 「せっかく同じクラスなんだから仲良くしようよ!」 「僕のことは透璃って呼んで」 「透璃?」 「あーー、ずるい!ねえ、凛月君。僕は伊織!さあ、呼んで!」 「…伊織 」  半ば強制的に名前を呼ぶと、双子は嬉しそうに笑った。それから、しばらく、繋がれた両手を、ぼんやり眺める。不思議だ。右手はひんやりとしているのに、左手は緊張しているのか少し汗ばんでいる。よく見ると、手の形も少しだけ違う。  こっちが、透璃かな。  にぎにぎと動かしているのがくすぐったかったのか、頭上からふふ、と笑う声が聞こえた。 「僕の手、お気に召した?」 「…ん」  するりと、手の甲を親指で撫でて、目を伏せる。本当は俺の手を握るのも苦手だろうに、一生懸命で、あたたかい。 「うん、好きだよ。透璃の手」  ただでさえ視線で煩かった教室は、呼吸の音すら消えていた。誰もが息を呑み、凛月と透璃から目を離せなくなる。  それを作り出した張本人は、その視線さえも忘れ、未だに呑気に手の平の感触を楽しんでいた。  そんな中、無数の熱い視線を浴びながらも、それをものともせず凛月の隣の席に座る猛者が居た。俯いて歩いているからか、気付いてないのだろう。普通ならば反感を喰らう行為だが、その生徒を見て押し黙る。 「…っ、ぇ……!…ぁ?」 「…君が隣の席の人?」  少し間を置いて、隣の席の人物が凛月だと気付いた生徒は椅子から飛び退いた。そんな音に反応するかのように、凛月は手の平から隣へと視線を向ける。  紫紺の双眸を向けられた生徒は、固唾を呑んで固まってしまった。 「……えっと」 「アッ、よ、夜羽です!!あぁ…!遠くから推しの幸せそうな姿を見るだけで良かったというのに…な、名前を言ってしまった……うぅ……」 「ふっ…夜羽、おもしろいね」  おもしろい、と目元を柔らげた凛月を前にして、まるでボンっ、と効果音が付きそうなほど顔を赤くした夜羽に、何かを企んだ顔をした伊織がそっと近づいた。意識を飛ばしているのか、背後に回る伊織の存在に夜羽が気付いた様子はない。  そのまま伊織は夜羽の耳元に顔を寄せ、――ふぅ、と息を吹きかけた。 「……~~~っ!?」  耳元を吹き抜けた生温い感覚に、夜羽は言葉にならない悲鳴を上げ立ち上がった。その勢いで、ガシャン、と勢い良く椅子が後ろに傾いて倒れる。  羞恥と怒りから涙目になった夜羽は、息を吹きかけた伊織を睨み付けた。 「な、なっ……!!」 「あはは、良い反応!夜羽ってばおもしろ~い」 「ぐっ…顔が良い…何も言い返せない……」
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