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「衣吹ー、なにしてるの。そろそろお弁当食べようよ」
と、カラカラと戸が軽く開いて、部屋の中から遠慮がちに声がかかった。
「日焼け大敵だよぅ。衣吹の好きなチョコアイスもあるよー」
「うーい、了解っ」
衣吹は肩を怒らせたまま顔を上げると、おもむろに両頬を手のひらでぴしゃりと叩いた。
底抜けに陽気な空。いつのまにかもう夏だ。世の中がどれだけ疫病に翻弄され、泥沼の戦いに苦慮していようとも、こうして季節だけは人間の思惑とは無関係に移りゆく。
その濃い青の中を、黒点めいた飛行機がゆるやかに飛んでいった。白い線を吐きながら、はるか西のかなたへ。
――彼は今、どこでどうしているのか。
「大丈夫」
衣吹は力をこめてひとりごちる。それから首を鳴らすと踵を返す。
明日がどうなるかなんて、誰にもわからない。それでもいつかまたきっと来るはず、大切な人と笑顔で抱き合える日が。そう私は信じることにする。あの向日葵のように。
了
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