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風祭が衣吹に親密な態度をみせるのは、衣吹が花南の親しい友人だと知っているからだ。親は大手商社の重役だし、本人だって会社の出世コースにいるのは明らかで。
たしか花南には結婚したら専業になっても兼業でも、本人の自由に決めていいと言っていたはずだ。
昨今では妻は働いて家事もするのが当然とする男性が増えている。半分はジェンダーレスになったからだけれど、もう半分は単純に昔で言うところの男の甲斐性がなくなったからだろう。実質賃金がダダ下がりした片働きでは家族を養えない。
なのにどちらでもいいとか。さすが有能な男は言うことがちがうなぁ。花南を幸せにする自信があるんだなと、衣吹はひそかに感心していたのである。良い伴侶を得て花南は幸せだよ。よかったよかった、うらやましい。なのに当人はグラスに麦茶をつぎながらため息をついた。
「亮はね、結局のところ自分を一番愛している人なのよ」
「なにそれ。どういう意味」
「たとえばあの人よく『僕は結婚後の人生プランを数通り考えてみたんだ』って言ってたんだけど……」
花南は言う。それは何歳くらいで子供を産んで車とマイホームを買い、中学受験させて私立へ通うならこうとか、公立だったらこうとかいう、詳細で地に足のついた設計図だったと。
「は。それのどこが自分一番なわけ? 恋愛と結婚はちがうでしょ。堅実で結構じゃない」
出された麦茶を遠慮なくがぶ飲みして衣吹がたずねると、
「でもその人生プランって、あくまで亮のなんだよ。全部」
対面に座った花南はあっさり否定してきた。
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