10/21
前へ
/48ページ
次へ
「でも私、泣かなかったんだ」 「へえ」 「正確に言えば泣けなかったの。涙が出なかったっていうか。うちも転勤族だから、いつかそういう日がくるかもって(うす)(うす)思ってたし。それでその写真を()らせてもらったんだよね」  そうしたら彼はたまらなくなったように花南を抱きしめ、何度も何度もキスをしてきた。それから胸に手を当て、涙ぐみながらおごそかに(ちか)いを立てたのだそうだ。  ――僕はカナを本当に愛してる。だから遠く離れてしまっても、君の幸せを祈り続けるよ。どうか信じて待ってて。大人になったらかならず、僕は君に()いにこの街へ戻ってくるから。 「ほほう。じゃあユーリィ少年は偶然にも、大人になって(ちか)いを有言実行したわけか」  衣吹(いぶき)が感心すると、花南(かな)は苦笑した。 「うん。でもじつはカフェで声をかけられた時、私、最初は誰だかわからなかったの。だって彼なんていうか、すごく男性になってたし……」  花南(かな)の中でずっとスミレの花みたいに()(れん)だった少年は、いつのまにか顔だけ王子の、小柄でも(かん)(ぺき)な逆三角形体型になっていた。それが低く(ひび)く声色で自分を呼ぶから、てっきり日本人を(ねら)った犯罪者かと思って(ふる)え上がったらしい。 「東欧の男性って、どうも身体を(きた)えるのが(しゆ)()の人が多いみたいよ」  それで王子もストイックに筋トレをくりかえした結果、(かざ)(まつり)より一回りは小さくとも、いわゆる細マッチョに(へん)(ぼう)したようだ。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加