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「でも私、泣かなかったんだ」
「へえ」
「正確に言えば泣けなかったの。涙が出なかったっていうか。うちも転勤族だから、いつかそういう日がくるかもって薄々思ってたし。それでその写真を撮らせてもらったんだよね」
そうしたら彼はたまらなくなったように花南を抱きしめ、何度も何度もキスをしてきた。それから胸に手を当て、涙ぐみながらおごそかに誓いを立てたのだそうだ。
――僕はカナを本当に愛してる。だから遠く離れてしまっても、君の幸せを祈り続けるよ。どうか信じて待ってて。大人になったらかならず、僕は君に逢いにこの街へ戻ってくるから。
「ほほう。じゃあユーリィ少年は偶然にも、大人になって誓いを有言実行したわけか」
衣吹が感心すると、花南は苦笑した。
「うん。でもじつはカフェで声をかけられた時、私、最初は誰だかわからなかったの。だって彼なんていうか、すごく男性になってたし……」
花南の中でずっとスミレの花みたいに可憐だった少年は、いつのまにか顔だけ王子の、小柄でも完璧な逆三角形体型になっていた。それが低く響く声色で自分を呼ぶから、てっきり日本人を狙った犯罪者かと思って震え上がったらしい。
「東欧の男性って、どうも身体を鍛えるのが趣味の人が多いみたいよ」
それで王子もストイックに筋トレをくりかえした結果、風祭より一回りは小さくとも、いわゆる細マッチョに変貌したようだ。
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