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――カナ、仕事はどう。元気にしてる。そちらの疫病は落ちついているかい。
昨年の秋も、いつもみたいにささやかな近況を報告しあった。こちらの小学生はまだオンライン授業だよとか、夏冬オリンピック続きなんて驚きだよねとか。そうやってしばらく歓談したあと、彼はおもむろにPC画面向こうで手を上げて話を止めたのだった。
――ちょっといいかな、カナ。今日は一つ、どうしても話しておきたいことがあって。
――えっ、なぁに。
――聞いてくれる。僕の信念の話なんだ。
――ユーリィ、いきなりどうしたの。
とまどう花南に、青年はふんわり笑いかけたという。
――ここのところ、僕はつねづね思ってたんだ。科学技術や経済を発展させてきたように、人の心もまた進化するものだって。
――人の心が進化するの?
――うん。たとえば昔の人たちみたいな植民地政策とか世界大戦、ああいう大きな分断の歴史をもう、僕たちはくり返さないだろう。
――そうかな。そうかもね。
――だって、よりよい方向へ向かうために、みんなでなにをすべきか考えられる。そういう教育や文化を、僕たち世代は国の枠を越えて共有してる。こうやって遠く離れた僕たちがつながれたようにね。
――うん。
――だからきっと細かい軋轢を乗り越えながらも、これからの未来は総じてだんだん明るいほうへ進んで行くんだよ。
「……あの時ユーリィはなにか覚悟を決めたみたいに微笑んでいるだけで、私は彼が本当はなにを言いたいのか、全然わからなかった。まさかその数ヶ月後に、あんな戦争が起きるなんて……っ」
ただならぬ声色に衣吹が目をやると、花南の指先はこまかく震えていた。
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