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「この冬から私はずっと、冷めない悪夢を見ている気分で。会社にいても家にいても、どうしたって彼のことが頭を離れなかった」
花南は机にぽつぽつ涙をこぼし始めた。ひそかに溜めこんできたその想いの苦さを思うと、衣吹は胸がつまりそうになる。
「王子は今まだキーウにいるんだね?」
「わからない。どこでなにをしてるか」
「嘘でしょ」
「三月まではメールがきてたの。でも四月に入ったら連絡がまったく取れなくなっちゃって……」
そうこうするうちキーウ近郊で住民の虐殺があきらかになった。それで花南はいてもたってもいられなくなり、彼が所属する美術協会のチャリティオークションサイトへ金を送ったのだ。その後は風祭に散々問いつめられる日々だったという。
「亮にはいっぱい怒鳴られちゃった」
――花南。おまえ、なんてことを。やっぱり原因はあいつか。たまに連絡を取ってたあの外国人。
「こんなことなら、一緒に住んだりしなきゃ良かった。だって四六始終顔をつきあわせてたら、どこにも隠れる所なんてないんだもの」
――俺はうすうす気づいてた。ひとりでウィーンに行ったりして、あの時あいつと寝たんだろう。そんなにあの白人が良かったのか。
「私は軽々しくそんなことしない、亮とだけだよって何度も言ってるのに、全然信じてもらえなくて。毎日、怖くて悲しくて」
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