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――おまえは馬鹿だ。今さらなんなんだよ。俺たちこの夏、結婚するんだぞ。いいか、おまえはあの男に騙されてるんだ。目を覚ませ。
「私は、騙されてなんかいないのに……っ」
衣吹は息を飲んだ。かつての婚約者が投げつけた罵詈雑言の数々は、いまだにこうして花南の心をえぐり続けている。
「一緒にいても、亮はどんどん遠い人になっていった。ユーリィはあんなに遠くにいても、心がつながっている感じがしたのに」
――なあ謝れよ。俺に謝れ。それから迷惑をかけた人たちにもだ。同情も大概にしろよ。限度ってものがあるだろ。俺たちの生活と接点の薄い外国人、どっちが大事だよ。
「亮を深く傷つけてしまったことは、本当に申し訳なかったって思ってる」
打ちのめされた暗い目をして花南は言った。
「だけど私、謝らなかった。だって私にとってユーリィは、遠い世界の知らない人なんかじゃないんだもの」
どうやら婚約解消前の愁嘆場はそうとう悲惨だったようだ。衣吹は思う。人が別れる時はだいたいにおいて、つきあう時の数倍のエネルギーを消費するものだけれど。
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