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向日葵(ひまわり)の花々がさざめき笑っている。(あたた)かくそよぐ風の中、(せい)(ひつ)で包みこむような(やわ)らかい光が風景全体を照らしている。 「ねえ、昔の映画にこういうのなかったっけ」  言いかけてしまったと思う。たしかとても哀しい話だったのを思い出したからだ。 「ああ、ソフィア・ローレンのじゃない。あの向日葵もウクライナで撮影されたらしいよ」  しかし花南はたいして気にしていないようで、ひたすら絵を眺めていた。  それは――現代アートのような流動的な色合いながら、花びら一枚一枚まで(てい)(ねい)(えが)かれた、(せい)(みつ)な宗教画のような絵だった。  (いち)(もく)(りよう)(ぜん)だ。この絵描きは上手(うま)い。  なぜならそこには()(じん)も悲しみや苦しみを感じさせるものはなかったのである。  ただ優しく美しい(ゆう)(きゆう)の時が流れている。大きい。広くて(はる)かで力強い。衣吹(いぶき)はただただ(あつ)(とう)された。――これが花南(かな)の忘れられない男の(しん)(しよう)風景なのか。
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