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ブランド鞄を無造作に奥席へ押しこみ、目を細めて相手を観察した。これはたしかに太一の言うとおりかもしれない。頬を真っ赤に染めて、瞳をきらきら光らせて。今夜の花南にはただならぬ気配が漂っている。
「えー、べつに意味なんかないよぅ、衣吹の真似してみただけだもん」
「嘘。絶対おかしい。酒好きでもないあんたが先に飲んでるなんて」
マスクをはずさずに言い切ると、花南はあっさり降参した。
「先週末に飼ってた金魚が死んじゃったから……その、ね。今日はその追悼集会よ、中村さん」
なんじゃそれは。意味不明。しかし当人はあっけらかんと店員を呼びつけ、勝手に料理をオーダーする。エビのバターマサラセット辛めで。あとグリーンサラダとスパシーチキンとマンゴーラッシー、全部二人分ね。それから赤ワインもう一本追加で。
「ちょっ、あんた飲みすぎ。てか金魚って何」
「だって十三年も飼ってたのにぃ。大きさだってこんなになるくらい成長して」と置いてあった籠からデザートスプーンを取り出して見せると「綺麗なコメットだったのに、白点病になっちゃって、酸欠でアウトよ。メチレンブルー溶液って全然効かないのね。あっけないものよ、生き物の死なんて」
いきなり瞳が虚ろに翳ったのでぎょっとした。メチレンなんとかって魚の薬だろうか。まずい、泣かれる。けれど相手の指がつかんだのは空になりかけた赤ワインのボトルで、その中身はこぽこぽ音を立ててグラスに注がれた。
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