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「紅緒ちゃんはすごく気が優しくて、さみしがり屋で臆病でー」
その魚とは心が通じ合っていたのだと花南はしきりに主張する。よく餌をねだったり、話しかけると嬉しそうに尾を振ったりしてたんだそうだ。そうですか。じゃあなにかい、私は死んだ魚の供養をするためにここへ呼ばれたのかね。衣吹は片手を上げて相手を止める。
「ところで花南、婚約破棄したって本当なの」
すると相手は一瞬だけ喉をひくつかせた。やはり太一の情報どおりだ。白い薬指に重たく光っていたはずのダイヤはもう消えている。
「本当だよ。なんで知ってるのぉ、衣吹」
「川上太一から聞いた。あいつ風祭さんと同じ大学卒で仲いいから」
さあとことん釈明しなさいよと衣吹は息を吐いた。本当はゴシップなんて聞きたくない。だけどこれはけじめなのだ。
「なんでも聞くから、どんと来いっ」
自分がトランプのババを引いてしまった実感はある。不穏な話を小耳にはさんだからにはしかたがない、他人のプライベートを聞き出すからには相応の責任もとらなければ。
自分は会社の有象無象みたいに他人の不幸を酒の肴にはしない。まっとうな大人とはそうあるべきだ。だから覚悟を決めて核心を突く。
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