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儀式前日
「和泉、儀式の準備はどんな感じなの?」
和泉の友人、弥生は和泉に挨拶するために家事を妹に任せて和泉の家である、白神屋敷へやってきた。
和泉は白神屋敷の中庭でぼうっと空を見上げていた。弥生に気づいた和泉は返事を返した。
「うん。いい感じだよ。明日の儀式に向けて頑張らないと。」
和泉は寂しげに笑った。
和泉が明日には鬼神の元へ捧げられて、この世からいなくなってしまうのに関わらず、取り乱したりしないことに友人である弥生は同い年ながら感心した。
和泉は元々年の割に大人びた性格をしていたし、声を荒げることも滅多にないくらいに、いつでも物静かな人だった。
だから当然だと言えば当然だけれど、それでも....と弥生は気にしてやまなかった。
いくら落ち着いている和泉だとしても神の元へ捧げられる、という事実は耐え難いものに違いないと思い、本当は心の奥深くでは悲しみにくれているのでは、と心配したのだ。
心配したところで何になる、という話ではあるが、弥生は親友の最期の晴れ姿を見送ることが一番の弔いになると、そう信じていた。
「......怖くないの?」
「うん。怖くは、ないよ。だって鬼神様のために、何より村のために尽くせるんだもの。そう考えたら、嬉しいことこの上ないよ。」
にこり、と屈託のない満面の笑みを浮かべた和泉はもう自分の人生に悔いはないよ、と死に近い年寄りじみたことを言っているように見えて、弥生はますます悲しくなった。
親友が村の伝承のせいで死の淵に立たされているという事実にどうしても納得がいかなくて悔しくて、寂しくて辛くて、泣き出しそうになって仕方なかった。
でも自分よりも和泉の方がもっと辛いはずだ、
と思ったから唇の端を強く噛むだけで済んだ。
「なんで和泉が犠牲にならなくちゃいけないのかわからない。だって和泉はまだこんなに若いんだし、これからの人生に期待を込められる時期じゃない。本当に、おかしい。おかしいよ......鬼神様なんて....っ」
弥生が言いかけた言葉を飲み込ませるように和泉は口にそっと人差し指を添えた。白く細い華奢な指が目に入った。
もうすぐ消えてしまいそうな儚い雰囲気を醸し出す和泉は弥生を静止させるように再び笑った。
柳のようにしなった体。棒くれのように細く、病人のように白く頼りない手足。死に近い病人から感じる生気のない声。
どれも紛れもない事実で弥生は悲しくなった。こんな細い華奢な手足で、年の割に小さな体で今までどんな思いで暮らしていたのだろう?
同じ同級生なのに、
あまりにも荷が重すぎるよ....。
「ううん。本当にいいの、大丈夫。怖くは、ないよ。村には仲良くしてくれる人が他にいなかったから、弥生みたいな素敵な友達に出会えて本当によかった....。明日の儀式で私の晴れ姿____見ててね。」
弥生はうん、とは言えなかった。皮肉にも今までみた和泉の中で、一番いい笑顔だったから。
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