儀式当日

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父と母に挨拶を終え、神社に向かって歩いていると、神社の鳥居にたくさんの人々が見えた。 「巫様、神楽鈴の首飾りは.....」 「ちゃんとつけてるよ、大丈夫。この運命から逃れる術はない。だからもう未練はないよ。」 この神楽鈴の首飾りは、巫の証である。 首飾りは巫を縛る鎖のようなもので、鳥居をくぐり、儀式を終えるまで逃げることはできない呪いをかけてある。 つまり死ぬまで外すことはできないということだ。鬼神が巫につけさせろと言って白神家に寄越した縁起物の鈴だが、本来の用途としては村の豊作を祝う神楽に使われる。 「和泉様は今までの巫の中で一番別嬪だと鬼神は仰るでしょう。なんて言ったって、若いながらにそれ以上の美貌をおもちですから....」 私は何も答えなかった。私がこれまでの巫の中で一番美しかろうが、なくなる一つの命に違いはない。 死ぬ未来が決定していたんだから、せめて死ぬまえに贄を使って神の怒りを治めるくだらない伝統を切り捨てるように村の者にいえばよかった。 私がもっと行動していれば、私の次の犠牲者が生まれなかったかもしれないのに。思い返すのは後悔ばかりだった。 「さあ、くぐりますよ。抵抗なさらないんですか?」 神社の鳥居をくぐる直前、付き人はそう言って笑った。それは自分よりも下賎のものを嘲るような、嫌な笑い方だった。 「言ったでしょう。私は抵抗しても無駄。仮に逃げられたとしても行く当てがない。この村から離れるには相当な距離を歩かなければいけない。私の死に方は飢えか贄か二択といったところだろう。私は所詮、跡形もなく消えてなくなる人の命の一つ。役目を恨んだことはないよ、残るのは後悔ばかりだけれど。」 私は妙に年寄りじみたことを言った。 もうすぐこの腐った世界からおさらばするからか。 「そうですか。その感情を表に出さなければもっと美しいはずなんですけどね」 この付き人は本当に嫌味ったらしい女だ。 でも白神家はそれ相応の対応をしていた。 閉鎖的な村で生まれるのは決まって、恐怖と憎悪と侮蔑だけだ。 この女の夫は、仕事の不祥事で首を掻っ切られて死んだ。それを見つけたのは父で、あたかも狐につままれたように目を丸くしたという。 仕向けたのは彼自身なのに。 この村では役立たずは容赦なく切り捨てられる。 働けないものはただの屑同然に扱われる。 そのうえ村は決して豊かではなかった。 裕福なものは白神家やその他の多大な財力を持つ由緒ある一族どもだけだ。 人間は本当に財力を持て余すと下賎の者に情けをかけるということもしなくなる。 「巫様、その清らかで神聖なその魂を納めいただきありがとうございます」 村人一同が心を込めて礼をする。 私のような生きているだけで疎まれるような少女に早く消えて欲しいという空耳が聞こえてくるようで無性に腹が立った。 くだらない村の因習に殺されるなど、付き人の夫の死に様よりも無惨だ。 大の大人がそんなふざけた伝統を信じ続ける精神がよくわからないが......死ぬにはもってこいだろう。もともと巫の人生などろくなものではなかった。 生きているだけで迷惑千万。 私は生まれた頃からそんな忌み子として、汚い言葉を浴びながら育てられた。後継ぎとなる男子が生まれなかったからだ。 生きていて罵倒されるくらいなら 死んで喜ばれるほうがずっとマシだ。 ついに和泉は鳥居をくぐり終えた。身につけた神楽鈴の首飾りは体が動くたびに村人の歓声を静止するように可愛らしい音をたてて鳴り響いた。 私はやがて神社の神殿前までつき、無駄に豪奢な椅子に腰掛けた。すると村長である私の父親が話し始めた。 このあと行われる儀式のほうが気にかかって 話など少しも頭に入ってこなかった。 「巫様より清いお言葉をいただきます。」 巫様、話をと父の側近が頬に手をあてて囁いた。やはりぼうっとしてしまっていたらしい。 「あ、ああ」 あまりにも考えごとをしすぎて反応ができなかった。おそらくこの人たちは私が今日行われる儀式に恐れ慄いているとでも思っているのだろう。 全く馬鹿なことだ。 私は幼少のころでさえ、初めから約束された幸せな未来をもつ命ではなかったし、綺麗事を散々聞かされてきたから。ある意味捨て駒だったといってもいい。 深く、深呼吸をする。 今後に及んで村のものに何か恨みごとの一つや二つがぽんぽんと出てくるのではと思ったが、気が滅入るような気がするだけで言葉が出てくることはなかった。 「ええ、まずは皆様ごきげんよう。白神家長女の和泉です。この度村の巫という非常に名誉な役柄を受けて大変喜ばしく思います。」 名誉だとか喜ばしいだとか心にも思ってない綺麗事を私は幾度も繰り返す。 「白神家の主催する伝統的な祭事である巫送りの儀式____その始まりは私の先祖の不祥事にありました。この村を守る鬼神と呼ばれる守神に対して適さない行動をとったことです。」 私は話し続ける。 自分でも驚くほど流暢に言葉が流れ出る。先祖の罰当たりな行動がなければ犠牲になる者もいなかっただろうに....。 自分が犠牲になることよりも、腐った伝統が長々と続いていくのだと思うと未来の巫にただただ申し訳なかった。 忌むべきこの負の儀式を終わらせられなかったこと、それだけが心残りだ。 やがて母が後継ぎを孕み、また男子が生まれなかったとしたら......また私のような悲劇が延々と繰り返されることだろう。 そしたらその未来の妹に申し訳がたたない。白神家は代々、非情で無慈悲な性格をした者が多い。 いとも簡単に信頼していた家臣に手を下す父。白神に嫁いだ母は今でも父に頭が上がらないくらいだ。 そして......私。母の温厚さと父の冷徹さを半々に受け継いでいる。命を軽くみていて常に冷静沈着。父ほどの冷徹さは持ち合わせていないが、結果がすべてという思考、母に似た柔らかでそれでいて儚く美しい顔立ち.....。 「私の家系には後継ぎが生まれてもそう長くは続かないように、と呪いをかけられてあります。女は巫となる使命が下され、生まれたときから未来のない命となります。私が思い残すのはただひとつ_____この閉鎖的な村の因習を消し去ることでした。だから私は_____」 村の人は怪訝そうな表情を向けたが、私は全く気にしなかった。もうすぐ消える命なんだからどう思われたってどうだっていいからだ。 「巫様、話を真剣に行ってくださいませんか。白神家の巫としてふさわしくない言動ですよ。」 母の付き人が恐る恐る声をあげた。私のことを恐れている者はまだ少なからずいるらしい。私は父のように人に手をあげたことは一度もなかったはずなのに。
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