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「ああ.....それは失礼いたしました。巫としてふさわしくない言動をしたこと、本当に申し訳ありません。」
父が苛々したように顔を歪めた。巫送りの儀式において、娘が白神の家の顔に泥を塗るようなことを言ったからだろう。
「この儀式が今年も成功し、鬼神村で無事に過ごすことができるよう、村人を代表して精一杯務めさせていただきます。」
最後に深く一例をする。付き人につけられた髪の装飾がシャラリと揺れる。拍手を受けて、その音が小さくなると私はやっと頭を上げた。
「次は琴葉様より巫様への狐花の贈呈です。」
私の前に現れたのは髪を右肩に下ろした桃色の着物を来た母だった。
滑らかで艶やかな肌は今日もとくに変わってはいないように見えたが_____どこかやつれたような表情を浮かべている。
目には生気が消えかけ、私よりも気分が優れないようだ。そしてよく見ると寝不足で目の下が黒くなっているではないか。
「巫送りの儀式において____若いながらに神の怒りを慰ぐ神慰ぎとしての役目をお受けいただきまして、ありがとうございます。」
そう言って母は私に狐花を差し出した。
手は青白く、細い枝のような指がカタカタと震えていた。こんな姿では私より母の方がよっぽど巫のように見える。
私が動揺しなさすぎるのもあるせいか、余計にそう感じる。
でも私が通常運転なのは我慢しているとかではなく、ただ単純に死ぬのが怖くはないから。
死ぬというこの世の理に臆することもなければ思うこともなにもないのだ。あまりに死に無頓着すぎるが私の価値観上仕方ない。
琴葉__母から狐花を渡される。
私の手に狐花がのると母は小刻みに震えた細い指を離した。私は何も言わずにお辞儀をする。
私が動作をするたびに髪の装飾と
首の神楽鈴が忍ぶような音を立てた。
「........ありがとうございます、琴葉様」
そんな母の姿を見て
なぜか私は一瞬口から言葉がでなかった。
人の命はすぐになくなる。
だから大切にしなくてもいい。
私はそんな命を軽くみているような最低な人間だ。だから母の苦しそうな顔を見たって何も思うはずがない。
思うはずなど_______ないのに。
「あ.......」
目元が熱い。
熱くて熱くて私の中の何かが溢れてしまいそうな気がしてとっさに母から目を逸らした。
晴れ着の袖を使い目元に触れてみる。すると袖の先が濃く染まった。
私は流していた。
産まれたとき以来流したことのない涙を。
本当は苦しくて仕方なかった。
裕福な家に生まれた私は貧しい村の者には邪魔な存在だった。
白神の家は儀式を必要以上に贅沢に行うからだ。
貧しい村人を見えぬものとして扱い、豪奢な家具を使い、たらふく飯を食っていた。
白神の家やその他の名家の贅沢三昧で健康な生活に対し、村の者は枯れ枝のように痩せこけ、目にはくまをつくり、背中の骨は浮き出ていた。
それを止めようにも私には力がなかった。この村では歳の若いものは大人の陰に食われて生きる。私もそんな一粒のつまらない人間だった。
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