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彼とのクリスマスデートを賭けて、 佐橋と争うことになった。 とはいえ、僕と佐橋の間に立つ彼が、 動揺を隠せずにいたのに僕は気づいていた。 そもそも彼は、 同性との恋愛成立を望んでいるのだろうか。 僕はたまたま彼を好きになり、 同性との恋愛自体を受け入れているが、 彼の気持ちを無視してのアタックは、 何にせよいい結果に結びつかないだろう。 こういう時は、離れて暮らす祖母に電話だ。 男の子を好きになった、 彼の気持ちを慮りながら近づきたいが、 どう接近したらいいか相談してみようと 思った。 勉強勉強と厳しい母親より、 日頃から理解ある祖母を慕っていた。 学校帰り、誰にも聞かれないようにと ひとりカラオケボックスに入った。 「あら、由貴。どうしたの」 電話の向こう側で、 祖母は嬉しそうに声を上げる。 「うん。ばあちゃんに相談したいことが あって。母さんたちには内緒にして欲しい んだけど、いいかな」 「いいよ、何でも話しなさい」 「ありがとう。実はさ、学校で好きな人が できてさ」 「あれ。あんたの学校って男子校でしょ」 「うん。好きな人は同じクラスの男の子」 「男の子を好きになったのね。で?」 「クリスマスデートを賭けて、クラスの 他の男子と一緒にその子にアタックを 始めようと思うんだけど」 「うんうん」 「その子に迷惑をかけない程度に、って 思うと、積極的にアピールできないし、 その子を狙う他の男子に出し抜かれるのも 嫌だし。ばあちゃん、言ってたでしょ? 正しいことをしていれば報われるって。 でも不安なんだ。これでいいのかなって」 「つまり由貴は、その子へのアタックに 尻込みしてるのね」 「うん。不器用でもゆっくり近づこうと 思ってたのに、クリスマスデートという 期限つきのイベントのせいで焦りそうで」 「詳しくはわからないけど、由貴がしたい ようにするのがいちばんよ。その子のことを 尊重したいって言っても、決めるのはその子 だからね。それよりクリスマスが期限だって 焦らずに、素直な自分を出しなさい。 ライバルがどんな動きをしても焦らないの。 繋がる縁なら、苦労があっても繋がるわよ」 「うん」 「もう告白はしたのかしら」 「クリスマスデートしたいとは言ったよ」 「じゃあもう気が楽ね。自分を偽らないで その子に向き合いなさい。由貴なら大丈夫」 「ありがとう、ばあちゃん」 電話を切って、息を吐いた。 やっぱり持つべき者は、頼れる祖母だ。 僕は晴れ晴れとした気持ちで カラオケボックスを出て、 駅から自宅に向かう循環バスに乗り込んだ。 「おはよう、岸野」 「あ。おはよう、川瀬くん」 それまでは恥ずかしくて 彼に挨拶をあまりしていなかったんだけど、 勇気を出して挨拶をすることにしたのだ。 自席に着いてちらっと振り返ると、 彼がまっすぐこちらを見ていた。 喫茶店でのクリスマスデート発言が功を奏し、 僕を意識してくれているのかなと思った。 「岸野ー」 「ぎゃー」 次の瞬間、佐橋が彼に近づいたかと思えば、 彼の後ろから羽交締めしているのが見えた。 あいつ、ふざけながらスキンシップを。 ムッとはしたが、 僕は僕で頑張ればいいと瞬時に開き直る。 ばあちゃんの言う通り、 繋がる縁は苦労しても繋がるんだ。 彼と僕はきっと、結ばれている。 そう信じて、鞄からテキストを取り出した。 11月5日、文化祭の初日。 クラスで運営する、 たこ焼き屋の店番をしていた僕は、 隣のクラスの秋津から声をかけられた。 「川瀬。悪いけど、写真を1枚撮らせて?」 「え?別にいいけど。何に使うの」 「人に頼まれた」 「えっ?!そんなこと言って、まさか秋津、 僕のことを」 「んな訳ないし。相手は言えないけど、 その人から伝言を預かってる。大切にする、 だから写真をくださいって」 「何か、けなげだね‥‥いいよ、撮りなよ」 「ありがとう。じゃあ撮るよ」 そう言って、秋津はスマホをかざしてきた。 不思議なこともあるもんだなあ。 写メを撮られまた店番に戻ると、 エプロンのポケットからスマホを取り出し、 画面を見て微笑む彼の姿があった。 「あれ。岸野。もう交代の時間?」 「うん、ちょっと早いけど戻ってきた。 川瀬くん、お昼行ってきなよ。もうそろそろ 佐橋くんも戻ってくるし」 「あ、うん」 彼に微笑まれたが、佐橋と彼が同じ時間に 店番なのかと複雑な気持ちになった。 「どうしたの」 「いや、何でもない。じゃあ店番よろしく」 エプロンを外し、傍らの椅子にかけた僕は、 まだ僕を見つめる彼に訊いた。 「え、何?」 「ありがとう」 「ん?」 彼の意味不明なお礼に、面食らった。 「何だかわからないけど、またな」 軽く手を上げ、僕はその場から離れた。 とりあえず、 隣のクラスの焼きそばをgetだなどと、 考えながら。 「川瀬、占いやってかない?」 焼きそばを食べ、廊下を歩いていると、 1年の時に同じクラスだった吉川が、 腕を取ってきた。 「占い?」 「タロット占い。当たるよ?」 「興味ない」 「300円で、好きな人の気持ちがわかるよ」 「ははは。すごいね、それ」 「女の子のお客さん、すごいんだから。 川瀬なら、待ち時間なしで案内するよ」 「というか、お客さんいないけど」 「さっきまでいたんだよ、どうしちゃった のかなあ」 「仕方ないなあ。付き合うよ」 「ありがとう!じゃあ、どうぞこちらへ」 教室に入ると、 暗幕で覆われた空間が広がっていて、 いちばん奥に数学の岩瀬先生がマントを着て 座っていた。 「え?センセイ、駆り出されたんですか」 「センセイ?私は占い師のイワーセですが」 「やれやれ。じゃあ早速、視てください」 イワーセの前に座ると、 イワーセはタロットを手際よく混ぜ始めた。 「好きな相手のことをよく思い浮かべて‥‥ いいと思うところでストップをかけて」 「はい‥‥ストップ」 「好きな人と手を繋いでいるイメージで。 7枚出します。まず、1枚目‥‥2枚目、 3枚目、4枚目、5、6、で、最終結果。 お、これは」 「何ですか?」 「まず相手の気持ち。キミに揺れてる。 でもまだ確証が持てない。恋心なのか、 友情なのか。相手の環境はあまり良くない。 もう1人、アプローチをかけてくる人と 悩んでるみたいだね。で、キミはもう相手に 惚れてる。アプローチしたい気持ちが満々。 で、最終結果はloversの正位置。 心が惹かれ合い、結ばれると出ました。 うん。いいんじゃないかな」 「なるほど‥‥」 相手の気持ちはともかく、 環境と自分の気持ちは当たっていて驚いた。 「イワーセさん。そんな趣味があるとは 知りませんでした。ありがとうございます」 300円を支払い、席を立った。 いい暇つぶしになったと入口にいた吉川に お礼を言って、店番に戻った。 「イワーセ、最悪だよ」 教室の入口で、店番をしているはずの佐橋が 彼に騒いでいるのが見えて、苦笑いした。 あいつもタロット占いしてもらったのか。 どうやら結果が思わしくなかったようだ。 「まあまあ、所詮占いだよ」 彼が優しく佐橋を宥める。 「そうだよな?信じられないことにたぶん 振られるって言われたんだよ。 占いでそこまでわかるのって感じ。 あー、吉川に引っ張られて付き合ったけど、 胸糞悪いぜ」 「あはは」 笑った彼と目が合い、軽く頭を下げた。 「川瀬くん、おかえり」 「ただいま。売上はどう?」 「順調だよ」 「川瀬、聞いてくれよ。数学の岩瀬がさ」 「タロット占いしてるんだろ?知ってるよ」 「えっ、お前も占ってきたの」 「どうしてもって言われてね」 「どんな結果だった?」 「ノーコメント」 「何だよ、それ」 「だって、当たってたんだ」 「マジか」 「だから、たぶん佐橋も当たるよ」 「やめろやめろ、振られたくない」 「佐橋、腹を括れ」 「ますますお前の結果を知りたい」 「イワーセに聞けば?」 僕と佐橋のやり取りを聞きながら、 彼が文字通り笑い転げている。 「川瀬くん、面白い」 佐橋と戯れ合いながら彼の笑顔を見られて、 僕は幸せに浸っていた。 きっとこんなことも、彼へのアプローチだ。 年齢の割に冷静沈着な僕は、 取っ付きにくいと言われがちだが、 少しずつ良さをアピールしていこうと思う。 タロットはよくわからないが、 最終結果がloversの正位置だし? クリスマスまで、あと50日。
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