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11月26日、土曜日。23時。 肌寒さと、LINEの通知音で目が覚めた。 さっきまでスマホで動画を観ていたが、 いつの間にか眠っていたようだ。 ベッドの上にはいたが布団をかけずにいて、 薄い部屋着だけだったから身震いした。 ぼんやりとした意識の中で画面を開くと、 送ってきた相手は岸野だった。 『川瀬、起きてる?』 『うん』 眠い目を擦りながら、簡潔に返信した。 『電話してもいいかな』 意外な彼からの申し出に驚いたが、 素直に承諾した。 『いいよ』 既読になり、数秒。 彼から電話がかかってきた。 『川瀬くん?こんばんは』 『あ、うん。こんばんは』 機械を通した彼の声は、 いつも聞いている声とは違って聞こえた。 『ごめんね、突然。夜遅くに』 『大丈夫だよ。それよりどうした?』 僕がそう訊くと彼は小さく息を吐き、 こう言った。 『ドキドキするか、試したくて』 『ん?』 『川瀬くん、僕とのクリスマスデートを 佐橋くんと賭けてるんだよね』 『うん』 『僕は僕なりに、これからのことを真剣に 考えてる。ちゃんと相手が恋愛対象なのか 見極めたくて』 『なるほど。で、ドキドキしてる?』 『まだ内緒。でもこのまま、なあなあには しないよ。ちゃんとクリスマスまでには、 結論を出す』 『そうか』 『というか、川瀬くん冷静すぎない?笑』 『ああ、ごめん。これでも緊張してるんだ』 『そうなんだ。じゃあ、また来週』 『岸野』 『何?』 『言ってなかったから、ちゃんと言うよ。 僕は岸野が好きだ。付き合って欲しい』 『川瀬くん』 『たとえ岸野が佐橋を選んだとしても、 悔いがないようにクリスマスまで過ごすよ。 だから岸野はちゃんと考えて』 『わかった』 『引き留めてごめん。また来週』 『おやすみなさい』 『うん、おやすみ』 彼との通話を終わらせた僕は、 ひとつ息を吐くと、ベッドに突っ伏した。 まともにアプローチをしないうちに、 時間だけが過ぎていると思った。 唯一していることは朝の挨拶だけで、 あとは佐橋を含めた3人でわちゃわちゃ しているだけだ。 きっと佐橋は、僕の知らないところで アプローチを彼にしているだろう。 もし彼が、佐橋を選んだら。 冷静にそれならそれでと思う自分がいた。 それは決して気持ちが冷めたのではなく、 彼が幸せならば、 自分でなくてもと思うようになったのだ。 それでも彼に伝えた通り、 クリスマスまでは悔いなく過ごしたい。 そんなクリスマスまで、あと29日。 翌日の日曜日。 日本史のテキストが欲しくなり、 母親に頼み込んでお金をもらった。 電車を乗り継ぎ、 日本橋の大型書店に足を運んだ僕は、 偶然そこの入口で彼に会った。 「川瀬?ええっ、どうしてここに」 「日本史のテキストを買いに来た。 たまにここに来てるよ」 「そうなんだ。僕もテキストを買いに来た」 「僕はもう目当てのものを買ったし、岸野の 買い物に付き合うよ。帰りに、コーヒーでも どう?」 「コーヒーいいね。ちょっと待ってて。 テキストをレジに取りに来ただけだから」 「わかった、待ってる」 まさか、こんなところで会うとは。 店に消えた彼を、 弾む気持ちを抑えながら待つことにした。 10分後。 テキストを抱えて、彼が戻って来た。 「お待たせ。じゃあ行こうか」 「うん」 書店を出た僕たちは、 東京駅に向かい、さくら通りを歩いた。 「もうすぐ、クリスマスだね」 そう言って、彼が微笑んだ。 「岸野は、どんなデートしたい?」 すれ違う人を交わしながら、彼の隣に並ぶ。 「ホテルのバイキングとか?」 「結構高めだね。ホテルバイキングかあ」 「もし川瀬と付き合うことになったら、 どんなデートするんだろうって考えてる。 まだ自由になるお金はそんなにないけど、 いつも一緒にいたいかも」 「そんな相手になれたら、嬉しいよ」 彼から具体的な話が出たことに、 僕はドキドキしていた。 彼がたまに行くというあるカフェに入り、 コーヒーを注文する。 「実はもう、バイキングは予約したよ」 「え?マジか」 「うん、早くしないと予約取れなくなるし。 初めて取ったよ。付き合ってもらおうと 思って」 「相当、気合いが入ってるな」 「初めてのデートだしね。告白の返事は、 12月23日までにはするね」 「なあ」 「何?」 「もしかして、もうどちらかに決まってる? 佐橋か、僕か」 「うん。でも、どう伝えようか考えてる」 「もし、佐橋を選びますっていう結論でも、 僕には気を遣わないで。はっきり言っても、 大丈夫。岸野が幸せになるなら、応援する」 「ありがとう。川瀬くんは、優しいよね」 コーヒーを一口含み、彼が微笑んだ。 「でも待たせてる間に、川瀬くんの気持ちが 変わったら、逆に言ってね」 「わかった。まあたぶん、大丈夫だけど」 余裕さえ見せながら、彼に微笑み返した。 「イワーセ、じゃなかった、岩瀬センセイ。 僕に話って何ですか」 12月2日、金曜日。 数学の授業が終わり、担当教師の岩瀬が 珍しく僕に声をかけてきた。 教室から少し離れた渡り廊下の端に立ち、 岩瀬が話し始めるのを待った。 「川瀬、あれから進展あった?」 「まあ、一度相手から電話があったり、 一緒にコーヒー飲んだりしましたけど」 「なるほど。僕の占いで珍しくいい結果 だったから心配はしてなかったんだが、 その後を占ってみたんだ。そしたら」 「はい」 「相手は、もう恋の相手を決めたって出た」 「ああ、そんなこと言ってました」 「気になるのは、選ばれなかった方の反応。 キレるって出たからもしキミが選ばれたら、 気をつけて」 「あはは、ありがとうございます」 「言っておくけど、僕の占いは当たるよ? じゃあ、またね」 「ご忠告、ありがとうございます」 岩瀬が立ち去ったと同時に、 次の授業が始まるチャイムが鳴った。 所詮、占いだし。 教室に走りながら、 僕はもう岩瀬の話を忘れることにした。 クリスマスまで、あと23日。 既に不穏な影が近づいていることに、 その時は気づくことなく。
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