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彼ー岸野葵をイメージするなら、 名前の通り、灰色がかった明るい紫色。 高貴で優雅、儚さも垣間見える彼を 初めて教室で見た時、 胸の中が切なく締め付けられた。 それまで同性を好きになったことは なかったが、ある予感を抱いた。 待ち焦がれていた運命の恋に落ちたって。 でもそう思ったのは、僕だけではなかった。 「川瀬、一緒に帰ろう」 佐橋雄大。 同じクラスで、岸野を巡ってのライバルだ。 高校に入ってすぐ、 打ち解けた仲でもあるこいつは、 僕の好きな人とも仲がいい。 僕が彼にぎこちなく話しかけるのに対して、 佐橋は持ち前の愛嬌を活かして、 ガンガン彼に話しかけている。 滅多に声を立てて笑わない彼が、 佐橋の前では難なく笑うのを見て、 何度も落ち込んだが、 その度にネガティブな感情は振り払った。 祖母がよく、子供の僕に言っていた言葉。 「正しいことをしていれば、報われる」 「お天道様は見ている」 不器用でも姑息な手段は使わずに、 正当に彼にアタックしようと思った。 だからたとえ、 彼に話しかけるのが多少覚束なくても、 自分は自分らしく行こう。 彼と思うように仲良くなれない切なさは 多分にあるけど、 高嶺の花の彼を好きになった醍醐味だ。 佐橋とは違う道で、彼に近づこう。 そう思っていた。 見つめているだけが多かった片想いが 大幅に動いたのは、10月12日の放課後。 佐橋に誘われ、 彼とコーヒーを飲みに行くことになった。 佐橋の偉いところは、 僕というライバルを出し抜かず、 こういうときには必ず僕も誘うところだ。 だから佐橋を嫌いになれないし、 佐橋を出し抜いてまでアタックする気には 余計になれないのだ。 「岸野、何にする?」 「アイスコーヒーにしようかなあ」 「僕も同じのにしよう。川瀬は?」 「僕はカフェ・オ・レかな」 3人のオーダーが決まったところで、 僕が店員を呼んだ。 コーヒーを待つ間、佐橋が彼に訊いた。 「ちょっと先になるけど、クリスマスって どんな予定?」 「え?家族とフツーにケーキを食べるだけ だと思うけど」 「それなら、僕と一緒に過ごさない?」 「「えっ」」 彼と同時に、僕も声を上げた。 初めて、佐橋に出し抜かれたと思った。 「えっと、予定はない。予定はないけど、 それってやっぱりデートってこと、だよね」 「うん」 佐橋に即答され、彼がちらっと僕を見た。 「川瀬くんは、どう思う?」 「えっ。何故、僕に訊くの」 「何となく」 「困ったなあ」 彼の意図することがわからず、 曖昧に微笑んだ僕に、 彼はあのね‥と話し始めた。 「初めてのデートは、クリスマスって決めて て。僕、付き合ってる人はいないけど、 デートするなら、その日の夜に初めての キスがしたい。だから、クリスマスは特別」 「岸野。もし夏に両思いになったら、 それまでデートはお預けなの?変な奴だな」 「デートもキスも、それくらい特別なの!」 彼と佐橋のやり取りを聞きながら、 僕はカフェ・オ・レを一口飲んだ。 「じゃあさ。僕の恋人になればいいんだよ。 僕なら、そんな不思議な価値観を受け入れて あげられるしね。クリスマスデートに、 ファーストキスか。待つ甲斐はあるよね」 「佐橋くん」 焦る彼が、また僕をちらっと見た。 「川瀬くんも、何とか言ってよ」 「あれ?川瀬。そんな余裕ぶっていいの? 岸野とクリスマスデートしたくないの」 「えっ、川瀬くんも?」 「3人でして、どうするんだよ。 全く、僕もちゃんと岸野に気持ちを 伝えるつもりだったのに」 言うなよなと佐橋を睨み、彼を見た。 「岸野の初めてのデート権を賭ける件、 僕も参戦してもいいかな」 「川瀬くん」 赤面する彼に、佐橋が膝を叩いた。 「面白い。岸野と付き合うために頑張る 男2人。クリスマスまでに決着つけようぜ、 川瀬」 「ああ。お互いに頑張ろうな」 こうして僕は彼に間接的に思いを伝え、 佐橋と彼のクリスマスデートを賭けて、 戦うことになった。 クリスマスまで、あと74日。
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