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第二十一話 見えてきた!
ずっと下げられているブラインドのせいで、昼夜も分からない警察署内。一課のフロアの一角に捜査員達が吹き溜まっていた。
雑然としたデスクのパソコン画面を、真剣な面持ちで全員が覗き込んでいた。
瀬尾が刺青の画像の中に不思議なマークを見つけてから、それが切っ掛けとなって、事件の綻びが少しづつ見えて来た。
ヤクザ繋がりで無い事がわかった事で、かえって違う角度から事件をを見る事が出来たのだ。
「刺青にマークがあるのは殺された二人の背中と、同じく殺された男の肩。それから鹿島の倉庫から出て来た十六枚のうち三枚の下絵です。全部で六枚になります」
説明する松野からマウスを奪うと、瀬尾が六つの刺青画像の比率を合わせた。六つの刺青を、一つに重ね合わせてみると、彫られていたマークはピタリと一致し、同じ物が描かれていると分かった。
「共通点がこのマークという訳だが、俺にはこれが漢字に見えるのだが、どうだ」
瀬尾がマークを回転させて行くと、やがて一つの文字が見えて来た。
「…鳳…?鳳と読めますね」
「どう考えてもこれは刺青を彫った人物のサインと思うが…」
一同、違いないと頷いていると、背後から久方ぶりの声が聞こえた。
「聞いたことがあるぞ。和彫りの刺青職人に伝説的な人物がいると言う噂をな」
「後藤さん!早かったですね喪が明けるの」
「期待を裏切って悪かったなご一同。交通課にでも飛ばされるかと思ったか?マル暴はだいぶ人手不足らしからな、猫の手ならぬゴマキの手も借りたいんだろうよ」
そこには謹慎明けの後藤が減らず口を叩きながら憮然とした顔で立っていた。そんな後藤に瀬尾が尋ねた。
「後藤さん、あんた知ってるのか、この彫り師の事」
「噂に聞いただけだ。なんでもヤクザ者の憧れの彫り師なんだとよ、こいつに刺青を施されるとヤクザの世界でてっぺんに登れるとか言われているんだと。他の彫り師とは一線を画す伝説の彫り師だとかでな、あの鹿島周吾の背中にも確かコイツが墨を入れてる筈だ」
パソコンの画面の中の刺青は、そう言われてみると他のものよりも圧倒的に何かが違うように見える。
捜査員は俄に色めき立った。
パソコンの前に座っていた松野が掌を拳で景気良く打って立ち上がる。
「よーし、その鳳とか言う彫り師を探せば何か分かるかもしれないぞ!」
早速、動き出す捜査員達を後藤がまあまあと宥めた。
「まあ待て、続きを聞いてからにしろ。噂では鳳は既に死んでいる。六年前にな」
歓喜したのも束の間、捜査員達は再びがくりと肩を落とした。
そんな空気を瀬尾は一喝する。
「もし仮に死んでいたとしてもそれは噂だ。ガッカリするのは自分の目と耳で確かめてからだ。調べてこい!とにかく刺青の彫り師を一人残らず!」
その言葉を聞いて、捜査員達は一課を飛び出していく。
後に残ったのは瀬尾と後藤の二人だけだ。
「アンタ、顔のききすぎだぞ。俺の謹慎がこんなに早く解けるわけがねえ」
「言ったろう?俺は借りは作らない主義だ。返しただけだから礼はいらんぞ?後藤サン」
「偶然だなあ、俺も借りは嫌いだ。鳳の情報は貸しにしてやる。今度もちゃんと返してくれよ、瀬尾サン」
捜査一課の生え抜きとマル暴のお騒がせ男。
見えない火花が水面下でバチバチと散っていた。
捜査に劇的な進展があった頃、久我は撫川の通っていた中学校の前で呆然と立っていた。
『北原第三中学校』立派な校門は今はバリケードが張ってあり、人が立ち入ることが出来ない場所になっていた。
「嘘だろう?!どう言う事だよ!
今は閉鎖されてるって…それはつまり、学校は無くなったって事か?」
校門前に車を停めて出てきた久我が、頭を掻きむしりながら腐った態度でバリケードの前でしゃがみ込んでいた。
そんな久我の背後から、同じ歳くらいの小綺麗な女性がおずおずと声をかけて来た。
「あの、すみません、車の移動をお願いできますか?」
すぐさま立ち上がって振り返ると、狭い道路に横付けした己の車が、女性の出てきた小さな喫茶店を塞ぐように停まっている。
「す、すいません!直ぐに動かしますのでっ」
しかし、どう見ても学校の門前に停められるような場所はない。
あるのはこの喫茶店のニ台しか止められそうも無い駐車場だけだった。
「…あの、お店開いてますか?」
仕方なく久我はコーヒー一杯と引き換えに車を停めさせてもらおうと考えていた。
店の中に入ると、お世辞にも儲かっているような感じはしないし、喫茶店という割にはお洒落な雰囲気も無い。
一応清潔にはなっていたが、安っぽいビニールのテーブルクロスには、タバコの焦げが付いている。
出てきたコーヒーを啜ったが、自分が家で淹れるコーヒーと良く似ていた。
「あの、この学校いつから閉鎖になったんですか?」
女性はカウンターの向こうから顔を覗かせると、すんなりと答えてきた。
「十二年前の三月です」
久我は面食らった。
普通はこう言う場合には少しは答えを悩むものだ。スラスラと淀みなく答えられる事に久我は不自然さを覚えた。
「随分はっきり覚えているんですね」
「そりゃあ覚えてますよ。私、そこの学校の生徒でしたから」
「でも、それだけでそんなに正確に言えるものですか?」
食いつく様子に女性は警戒の色を浮かべた。
久我は警察手帳を見せるのは今だとばかりに差し出した。
「実は…撫川蛍さんと言う人の事を調べています。この中学校に十二年前には在籍していたんですが、あの学校の卒業生でしたら名前、ご存知じゃ無いかと思って。失礼ですが、今お幾つですか」
女性の顔色が微かに変わった。二十六歳のその女性は十四歳の撫川の事を覚えていた。
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