第二十七話 血塗られた思い出

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第二十七話 血塗られた思い出

鹿島に射竦められるとその圧倒的な威圧感に萎縮し、久我の経験値の無さが露呈する。 憶測でしかない瀬尾の推理を迂闊に口を滑らせたお陰で鹿島に悟られてしまったのだ。 「警察は鳳が自殺じゃねえと踏んでるんだな?」 殺した野太い声とその眼光に気圧された久我の喉がごくりと生唾呑む音がした。 「ま、まだわかりません。警察と言うより、今はまだ一個人の推測ですから」 「鳳は確かに俺の目の前で首を掻き切って死んでいた。あの年はテロ事件だ連続殺人だのって、世間がちいとばかし騒がしくてな、警察も手が足りなかったんだろうよ、ちゃんと調べてくれって泣き叫ぶ蛍を尻目に、早々に自殺と断定して切り上げた」 「鹿島さんが、自殺現場に?!鳳とは個人的なお付き合いがあったと言う事ですか。自殺の原因をご存知なんですか?」 矢継ぎ早になってしまう久我の質問攻めに鹿島が苦笑して言葉を遮る。 「そうせっつくな、俺が居合わせたのはたまたまだ。鳳とはヤクザと彫り師、ただそんだけの付き合いだ。自殺の原因が何かなんざ俺が知るわけがねえ。ただ、鳳の骸に取り縋って呆然としていた蛍はまだ二十歳かそこらだ。刺青を入れるのに通った一年ポッキリの付き合いだが、身寄りもねえ、金もねえとくりゃあ連れてくるより仕方ねえや、」 「だからアンタは…っ、その代わりに撫川を好きにしたって事ですか!そんな事、許されませんよ…っ」 鹿島の言葉を遮るようにガタン!と椅子から思い切り立ち上がった久我は、ヤクザを目の前にして前後不覚にも噛み付いた。そこには思い切り私情が挟まれていた。 事情も知らずに突然声を荒げた久我に、鹿島の静かな憤怒がその声色から滲み出る。 「よく知りもしねえくせに知った風な口を叩くなよ若造。 人間、人肌でしか救えない時だってあるんだぜ。もっと人生学んでから出直して来い!ーー帰れ。話は終わりだ」 急転直下、久我の一言で鹿島の機嫌が悪くなる。鹿島は子分達に、「連れて行け!」と指図をすると、久我は両脇から抱えられて事務所のドアへと引き摺られて行く。 「鹿島さん!待ってくれ!まだ聞きたいことが…!放せ!鹿島さん!」 往生際悪く食い下がろうとする久我に、後ろ向きだった鹿島が「そうだ」と言って振り向いた。子分達に、向こうへ行ってろと顎先で指示すると久我に近づいて来る。 「なあお前、つかぬことを聞くが、お前、蛍の居場所を知らねえか。ここの所連絡がつかねえ。携帯は電源切ってやがるし、店も閉めっきりだ。どうせ警察が毎日張ってんだろうが」 寝耳に水の久我は慌てた。 咄嗟に自分のせいかもしれないと思ったからだ。 「いない?!どういう事ですか?いつからですか!」 「知らねえならいい。連れてけ」 「鹿島さん!」 鹿島はにべもなく再び子分に久我を連れて行けと命じると、子分達は抵抗する久我を連れてビルの外へと放り出した。 「どう言う事だ?撫川が居ない?もしかしてあの日から居ないのか?」 撫川の失踪の原因なら山程心当たりがある。もし居なくなったとすれば間違いなく自分のせいだ。 久我はいても立ってもいられずに撫川の花屋へと急いだ。 鹿島の言った通り、花屋はシャッターが降りていた。 そこに白い貼り紙がひらひら風に靡いている。 都合によりしばらくお休み致します。 張り紙にはか細い字でたった一行そう書かれてあるだけだった。 久我は張り紙を凝視したまま呆然とそこへ立ち尽くしていた。 「何処に行ったんだ…撫川!」 久我が去った後、鹿島は思い掛けずあの嫌な一日のことを思い出していた。 今から六年前のあの雨の夜の事を。 あの日は土砂降りだった。 矢立の雨とはよく言ったもので、まさしく天から鋭い何本もの矢が地上目掛けて降り注いでいる。そんな日だった。 背中に鳳の墨を入れてからと言うもの、鹿島は本部で金庫番を任されると言う異例のスピード出世を果たしていた。 願掛けのつもりで背中に入れた刺青のお陰かと思い立ち、鳳の住んでいる団地の近くまで来たついでに礼の一つも言おうかと、律儀に菓子折りを手に三年前、最後に訪れたきりの鳳の元へと向かっていた。 何棟も連なる四角い建物は、激しい雨に黒く濡れそぼり、古い団地を一層古めかしく不気味な様相に変えていた。 住まいも兼ねた鳳の工房には高校生くらいの弟と言う男の子が共に暮らしており、鹿島が刺青を彫って貰っている間、甲斐甲斐しく鳳の身の回りの世話をしたり、ちょっとした手伝いなどをやっていた。 それがあの撫川蛍だった。 無口で少し影のある撫川は線が細く、何処か男心を擽る雰囲気があった。 そんな事を思い出しながら、鹿島が団地の一階にある工房の前まで来た時だ。不自然にドアが大きく開け放たれている。 傘を畳んで外から声をかけてみるが返事がなく、不穏な予感に駆られた鹿島は玄関に足を踏み入れた。 するとヤクザの鹿島には覚えのある血の匂いが充満している事に気がついた。 慌てて部屋へと飛び込むと、壁に凭れ、足を投げ出した格好の鳳が首から大量に流血している姿が目に飛び込んで来た。 その側には血みどろの床にへたり込み、声も出せずに鳳の骸に縋る蛍の姿がそこにはあった。 鳳の血塗れた骸よりも、あの時の放心した蛍の顔が今も鹿島の脳裏に焼き付いてる。 「ったくよお、心配させやがって。蛍の奴、何処行きやがった」 ブラインドを指で下げて外を見ると、慌てて車に乗り込む久我の姿が見えた。タイヤを鳴らして急発進して行く様子に、ふと鹿島は久我というあの男が、蛍に惚れているのではないかと言う疑念が湧いた。 そうだとしたら一抹の寂しさもあるが同時に喜ばしくもある。 あの男がもしかしたら蛍を本当の意味で救ってくれるかも知れない。それは鹿島の願いにも似た感情だった。 ところが二人の心配を他所に撫川は思いがけないところに転がり込んでいた。 吉か凶か分からぬ場所に。
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