第四十話 男達の根性

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第四十話 男達の根性

程なく鹿島興行に救急車とパトカーの両方が到着したが、ヤクザ事務所のいざこざとあっては憚られるのか野次馬の一人もいなかった。皆扉を閉ざして窓から様子を伺ってでもいるのだろうか。そんな中を、倒れた組員を乗せた救急車が出て行った。 倒れた原因は恐らくは神経毒だろう言う事。 組員が花束を片付ける時に棘に触れたのでは無いかと言う憶測がなされた。それに伴って例の花束が回収された。 詳しく調べなければ断定は出来ないが、花束の棘に毒物が塗布されていたのではないかと言う見立てであった。 久我は撫川を伴って、後藤と三人で救急車を見送るのももどかしく、紙に記された現場へ向かった。 現場には既に瀬尾達が到着している筈だった。 瀬尾は久我から連絡を受けて直ぐに送られてきた地図の場所へと向かっていた。例の廃工場へは犯人を刺激しないようにサイレンは鳴らさぬまま近づき、武器を持っている想定の元、武装警官が闇に紛れるようにしながらも物々しく工場を取り囲んでいた。 そこへ久我の青いWRXが到着すると、久我と後藤が車から飛び出して瀬尾の元へと走って来た。 「瀬尾さん!有難うございます!どうなりましたか!」 「今から中の様子を探りに行くんだが、お前松野と正面から近づけるか。犯人を刺激するとまずいから最初は投光器は使わないが、行けるか?」 「無論です!行けます!」 差し出された無線機を装着しながら久我は力強く頷いた。 「こちらから状況は逐一教える。松野と足並みを揃えろ。犯人に遭遇したら一人で突っ走る前に指示を仰げ。気を引き締めて行け!」 そうは言っても新人の事だ。そうそう上手くはいかない事は経験上承知の上だ。それでも気合を入れるように瀬尾は久我の背を強く叩いて送り出した。 久我は松野を伴って、足音を忍ばせながら明かりが一つだけ灯っている工場の入り口へと近づいて行った。 気が気ではないのは久我の車の中で成り行きを見守るしかない撫川だった。今にも泣き出しそうになりながらも、自分が出来ることは久我と鹿島の無事を祈るだけだと両手を固く握り合わせていた。 「へえ、急拵えにしては随分弾数揃えたじゃねえか。相変わらず手回しが良いな、気に入らねえ」 咥えタバコの後藤は工場を取り囲む警察官を総監しながら瀬尾の隣に並び立ち、この後に及んでもまだ文句を垂れていた。 「そこは誉めてくれる所じゃないのか?後藤サン。別件で浅野丈一郎の名前がこっちでも上がっていたんでね、警戒はしていたわけですよ。…それよりなんでアンタが久我と一緒にここに来るんだ?面白く無い」 まさかヤクザの頼み事をこっそり聞いていたらこうなりましたとも言えずに、渋面で後藤は黙り込んだ。 「そして、なんで花屋が一緒なんだ?俺の預かり知らない所で何をコソコソ動いてるんだお前ら」 そう言って久我の車で不安そうにしている撫川を不服そうな顔で振り返る。後藤はタバコの煙に軽く咽せこんだ。 「ゴホッ…それは久我に聞け!俺は知らん!…ゴホゴホッ…」 「静かにしてくれませんかね。こんな時にタバコくらい止めたらどうだ」 「うるせぇ!」 今日は明らかに後藤は劣勢だった。それも久我のせいで! [今から中に入ります] 松野が瀬尾に連絡を寄越すと、瀬尾が[行け]と手を上げる。周りを取り囲む警察官達も皆固唾を飲んで見守った。 新人二人組が顔を見合わせ、足音を忍ばせながら体勢低く暗い工場内へと足を踏み入れた。 恐らくは鹿島もこのルートを辿ったに違いなかった。点々と弱々しい明かりに導かれながら、様々な機材に身を隠しながら松野と久我は左右に分かれながら前方を目指した。 すると微かに人の話し声が聞こえて二人同時に立ち止まる。 久我が少し頭を上げて前方を警戒すると、少し開けた場所で黒づくめの男が王立ちしているのが見えて久我がすかさず瀬尾に報告した。 [居ました!犯人です!] [分かった。そこは工場のど真ん中だ。応援がいくまで待機!] 瀬尾は手元の工場の見取図と、久我達のGPSを見比べながら返答を返した。 […はい] 瀬尾に「はい」と答えたものの鹿島が何処に居るのか確認ができない。あと少し、あと一歩近付ければ。全貌が見える言うのに! その時だ。目の前でその男がナイフのような物を振りかざすのが見えた。 [鹿島はあいつの足元だ!] 思わず叫んだ久我の声は瀬尾にも松野にも聞こえた。それと同時に久我が走り出したのも気配で分かった。 [馬鹿!ちょっと待て!瀬尾!] 「……投光器だ!!早く照らせ!!工場中央付近!突入しろ!」 真昼のような眩い明かりが一斉に工場を照らし出した。それと同時に何者かの悲鳴が上がった。 「くあぁぁ!!」 「鹿島さん!!」 鹿島の悲鳴だと思った久我は、鹿島を助けたい一心で犯行現場に突っ込んでいた。鹿島の腹には半端に突き刺さったナイフが光っていたが、悲鳴を上げたのは黒づくめの男の方だった。 鹿島は最後の力を振り絞り、ナイフを振り下ろしてくる相手目掛けて日本刀を薙ぎ払ったのだ。 鮮血滴る腕を押さえて男は鹿島から転がるように飛び退った。 「はは…っ、ははは…っ」 鹿島は薄れ行く意識の中で弱々しくはあったが、余裕を見せるように声を上げて笑っていた。だが、鹿島の限界は近かった。 「鹿島さん!!」 久我が無我夢中で鹿島へと駆け寄った。松野は手傷を負ったはずの男を追いかけ、直ぐに何人もの警察官が工場の中へと雪崩れ込んできた。 同時に工場の奥で爆発音が鳴り響き、松野の叫び声がこだました。硝煙と大勢の靴音と怒号が工場内を飛び交う中で、久我は鹿島の傍で付き添っていた。 「鹿島さん!しっかりして下さい!今、すぐに搬送しますから!絶対に助かります!鹿島さん!鹿島さん!撫川は無事ですから!安心してください!」 血溜まりの中で久我に抱き抱えられ、腹から流血している鹿島の蒼白の唇が薄らと微笑んでいるように久我には見えた。
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