自由の味

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 いつも飴を食べている人だった。勉強をするときも、散歩をするときも。ごはんのときと、歯磨きの後だけは飴を口に含んでいなかった。だからか、口づけのときはほんのりと甘い味がした。  いつのことだったか、「そんなにおいしい?」と聞くと、あの人は「くせになる」と返してきた。絶対に分けてはくれなくて、自分で買ってみようと一度だけパッケージを見せてもらったが、結局見つけられなかった。もう、どんな味だったかも覚えていない。  自由な人だった。一ヶ所に留まることができず、ふらりと姿を消しては知らない土地のお土産を持って帰ってきた。仕事も長続きせず、行く先々で出会う人との縁で食い扶持を稼いでいた。  大学生のころにあの人と出会い、いつからか目はその姿を追い、口からはあの人の話があふれ、耳があの人の声を探していた。  友人はおろか、先輩からも後輩からも「やめておけ、苦労するぞ」と忠告されていたのに、なし崩し的にあの人と一緒に暮らしていた。  と言っても、正式な同棲というより、こちらの家にあの人の荷物が増え、入り浸ることが多くなったというのが正確だろう。  スキンシップの多い人だった。お風呂から上がって、血の巡りが良くなった腕や首元に手を添え、「あったかいね」と気の抜けた笑顔を見せては、触れるだけのキスをする。  学生のころはそれでよかった。自分にはできない、自由さへ振り切った生き方に憧れていたから。    でも、大学を卒業してからは徐々に熱も冷めていった。仕事が忙しくなったのもある。  それよりも、あの人の自由さが疎ましくなったんだ。こちらが慣れない仕事に疲れ、将来に不安を覚え、目を泣き腫らして、それでもあの人は自由だった。  結局のところ、八つ当たりだったんだと思う。  もう顔も見たくない。そう言って追い出した。「そっか」と一言だけ残してあの人はいなくなった。少しすればいつの間にか帰ってきていたのに、姿を見せてくれなくなった。  風の噂では、あの人は国外にいるらしい。それ以上のことは分からない。待つことも探すことも、もう何年も前にやめたから。 「お土産です。よかったらどうぞ」  仕事の休憩中に、同僚が飴の入った小さな箱をくれた。ここらでは見かけないパッケージだった。  サルミアッキのような独特な味のものだったら面白いな。くだらないことを考えながら、包みを開いて口に放る。  懐かしい、自由な人の味がした。
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