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海賊団発足
ひとまずの方針も決まり、マリーの部下たちにもきちんと話をしておきたい、と乗組員全員を上甲板に集め、奏澄は改めて事情を簡潔に説明した後に頭を下げた。
「未熟な私を、これからも助けてほしいです。どうか、よろしくお願いします」
マリーは受け入れてくれたが、皆が同じかどうかはわからない。渋られたらどうしよう、と内心震えていたが、乗組員たちの反応は実にあっけらかんとしていた。
「何を今更。『はぐれものの島』に行こうなんて時点で、普通の航海になるとは思ってないっすよ」
「そもそもマリーさんと一緒にいて、何も問題が起きなかったことの方が少ないし」
「それな」
「今どさくさ紛れにあたしの文句言ったやつ誰だい?」
マリーが拳を握りしめるが、当人たちは空笑いでごまかした。
「俺たちもついにおたずね者かぁ」
「それは気が早くないか?」
「でもメイズさんは元々指名手配されてるし、今回の件で船長も確定だろ」
「もはや海賊だな」
笑いながら言った乗組員の言葉に、ライアーが反応した。
「それだ!!」
「えっ!?」
妙にきらきらとした目で、ライアーが奏澄にずいと近寄った。
「海賊! 海賊やろうぜ!」
「え……えぇ?」
「オレやってみたかったんだよ~!」
何故ライアーはこんなに楽しそうなのだろうか。男のロマン的なものがあるのだろうか、と奏澄は戸惑った。そもそも海賊とは、名乗ったり、やろうと思ってやり始めるものなのだろうか。
「この船だって元々海賊船だったんだし、海賊旗掲げれば、それっぽくなるって!」
「いやでも、海賊を自称するなんて、面倒ごとが増えるんじゃない?」
止めてくれ、の意でメイズの方に視線をやると、メイズは溜息を吐きつつライアーを奏澄から引き剥がした。
「止めておけ。海賊なんてロクなもんじゃない」
「えぇ~! でもほら、なんか『一つの団』って感じがするじゃないすか! まとまりって言うか!」
「まとまり……」
その言葉は、少しだけ奏澄を揺らがせた。現状は人数の関係もあるが、奏澄が自分で仲間に引き入れた面々とドロール商会の面々では、一線あるような気がしている。
最初こそ『マリーの部下』でしかなかったため、その隔たりははっきりと感じられたが、航海を続ける中で、自惚れでなければそれなりに距離は近づいたと感じている。
彼らが『マリーの部下』ではなく、『奏澄の仲間』として船に乗ってくれるのであれば。一つの船団として、名前くらいはあってもいいのではないだろうか。
そこまで考えて、首を振った。さすがにそれは自惚れが過ぎる。協力してくれることに同意しただけで、彼らは奏澄を長として認めたわけではない。あくまでマリーがいるから、一緒にいてくれるだけに過ぎないのだ。
「じゃぁ団の名前考えます? 何がいいすかね」
「あれ!?」
考え込む奏澄をよそに、意外なところから意外な提案が出てきた。商会メンバーのポールだ。
垂れ目でいつも気だるげな雰囲気なので一見やる気が無さそうに見えるが、年長者だからか仕事はでき、他の商会メンバーからも頼られている。だからこそ、商会寄りの立場だと思っていたのだが。
「え、あの、名前とかって……いいんですか?」
「何かダメです?」
「いえ、その。ドロール商会の名前に、拘りとか、そういう……」
「別に、ここの団員になったからって、商会辞めるわけじゃないし」
奏澄は面食らった。それはそうだ。当たり前だ。別の名前を持ったとしても、彼らはドロール商会の人間だ。ドロール商会の人間であって、奏澄の船団の仲間。それでいい。複数の団体に所属するのはおかしなことじゃない。そもそも商会長のマリーが乗っているのだ。
何故かそんな簡単なことに気がつかなかった。視野が狭いというか、ゼロイチ思考というか。奏澄は自分の頭の固さを反省した。
「でも海賊というのは……」
「俺らマリーさんと一緒で、面白ければ大体オッケーなんで。別に気にしないっすよ」
ノリが、軽い。
思ったが、口にしなかった。さすがはドロール商会の人間だ。フットワークが軽い所以を見た気がする。
「メイズ……」
「……好きにしろ」
海賊というのは置いておくにしても、船団としての名前はあってもいいと思った。止めてほしいと頼んだ手前気が引けたが、メイズにそれを視線で訴えかけると、溜息と共に許可が下りた。
「ライアー!」
「お、カスミなんかいい案ある?」
「あのね、船団の名前はライアーが決めてほしいの」
「オレ?」
びっくりしたように、ライアーは自分を指さした。
「一つの団って言ってくれたの、嬉しかったし。それに、ライアーは最初に仲間になってくれたから」
メイズも仲間と言えば仲間だが、ライアーのそれとは違う。メイズと奏澄は、一蓮托生だ。
ライアーは、何の特別な事情もなく、ただ真っすぐに奏澄を見て、力を貸してくれると言った。いつだって離れられるが、離れずにいてくれた。ライアーがいなければ、この船団は存在しなかった。だからこそ、この集団に名前をつけるとしたら。彼以上にふさわしい人間はいない。
「そりゃ、責任重大だな」
ライアーは照れたように笑って、目を瞑って考えた。
「んー……よし、『たんぽぽ海賊団』で!」
出てきたのは、およそ海賊団の名前としては緩すぎる名前だった。養護施設か何かだろうか。
「……ちなみに、理由を聞いても?」
「なんか、カスミのイメージっぽいじゃん?」
「どのへんが?」
「こー……なんつーか、ふわふわしてる感じ?」
ライアーがそう言うと、数名の乗組員が「あー」と同意を示した。
「えっ待って私そんなに地に足ついてないイメージなの。っていうか、それ花の方じゃなくて綿毛だよね?」
「まぁほら、細かいことはいいじゃん!」
笑顔でごまかして、ばしばしと肩を叩かれた。全然細かくないのだが。
「団名は決まったとして、船の名前は奏澄がつけなよ」
「船の名前?」
奏澄は首を傾げた。船団の名前があるのに、船に名前が必要なのだろうか。
「あ、それあたしも思ってた。この船名前ないよね?」
「えぇと……奪った船だから、元の名前もわからないし」
「元の名前はどうでもいいさ。海賊船なんてだいたい略奪品だし」
「えっ」
「まぁ便宜上あった方がいいってのもあるんだけどね。この船だって、この先一緒に航海をする仲間だろう? つけてやってもいいんじゃない」
マリーの言葉に、奏澄はなるほどと頷いた。自転車や車に名前をつけるのは一部の人なので、船も特別愛着のある人だけがつけるものだと思っていた。けれど、ライアーもマリーも気にしていたということは、おそらく名前を付ける方が一般的なのだ。であれば、特に拒否する理由も無い。
「船の名前ってルールとかあるの?」
日本の船では『丸』をつけるのが習わしになっていたなぁと思いながら尋ねる。できれば奇抜と思われることは避けたい。
「特にないけど、出身海域の色を頭につけることが多いね。わかりやすいし。けどあんたはここの出身じゃないから、いらないんじゃない?」
確かに、そのルールでいくと奏澄はどこの海域出身でもない。自由につけていいことはわかったが、名づけセンスに自信は無い、どうしよう、とちらりとメイズを窺う。目が合って、ふっと浮かんだ。
「……コバルト号」
「お、いいじゃん」
にんまりと笑ったマリーは何かを察したようで、奏澄は照れて俯いた。
「よし! 無事に団名も船名も決まったな! オレ海賊旗描こっと」
うきうきした様子のライアーに、思わずつっこみを入れる。
「待って、船団の名前を決めてほしいとは言ったけど、海賊やるとは言ってない。海賊旗は待って」
「たんぽぽの海賊旗とか可愛いっすね」
「ポール!?」
「じゃぁ今夜は海賊団発足ってことで、宴やりましょうよ宴! 海賊はやっぱ宴でしょ!」
わあ、と声が上がった。これはもう、止められないのでは。
そういうつもりではなかったのに、とおろおろする奏澄の肩に、ぽんとマリーの手が乗った。
「諦めな」
「マリーまで……」
「なんだかんだ、騒ぐ理由が欲しいんでしょ。ここまではあいつらにしちゃ、割と真面目にやってきたしね」
「あ……気をつかわせてた?」
「そんなこともないけど。セントラルで結構酒や食料も仕入れられたし、ぱーっとやるにはちょうどいいタイミングかな。あんたも一回、ガス抜きしたらいいよ」
「……うん。そうする」
心身が削られるような出来事で疲弊しきっていたが、皆の楽しそうな姿に、どこか心が浮き立つのを感じた。
さて、宴の準備には何が必要だろうかと指折りやることを確認していると、メイズが腕を引いた。
「夜まで少し休んでろ。もたないだろ」
「大丈夫だよ。大変だったのはみんな同じなんだし。私調理担当だから、準備しなくちゃ」
笑顔で告げたが、渋い顔をしている。顔に似合わず心配性だ。
それ以上言い募ることはしないが、黙っていても目が心配の二文字で埋まっている気がして、奏澄はくすぐったい気持ちで思わず笑った。
「……なんだ」
突然笑われて、怪訝そうにメイズの眉が寄る。
「ううん、なんでもない」
奏澄は、自分を映すその目を、真っすぐに見返した。
メイズの瞳は、光の加減で青の深さが変わる。明るい陽の下で見ると、青の鮮やかさが増す。
どうかこの人の瞳に、いつも光があるように。
コバルトブルーの瞳を持つ人よ。
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