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26 晴太
最後の朝練だ。忙しい朝も今日で最後だと思うと、日の出直後のまだ薄暗い空の下、自転車のひと漕ぎひと漕ぎにもセンチメンタルな晴太だ。
サッカー部を辞めると決めてから、部員の晴太へ対する態度は若干よそよそしくなった。朝練は無理に来なくてもいいよ、と部長からも言われている。
けれど、けじめをつけることが次へ進むための一歩だと晴太は思う。ずっと応援していてくれた父親や、一緒に頑張った朝練仲間、何より今までサッカーを好きで続けてきた自分へのけじめ。
そしてこの世界には、いろんな好きがあることを晴太は知った。
サッカー、友達、写真、晴れた朝の空、図書室のステンドグラス、柚月。
柚月が好きだと自覚して以来、照れくさくて、面と向かって話せない時がある。
柚月の伯母さんに気に入られて最近よく家に呼ばれるのだけれど、柚月と二人になると、どうもうまく話せない。
学校ではふざけて軽口を叩き合ったりも出来るのに、二人っきりの空間だと、終始無言のまま部屋にあったマンガをひたすら読み続けていたなんてこともある。
文化祭の時、ほんの少しだけ触れた手に、晴太は期待を持った。好きという気持ちを共有出来るかもという期待。
柚月の表情や仕草、声の調子をたくさん聞いてきた。柚月センサーは晴太の自慢だ。
晴太の顔を見れば、ほんの少しだけ顔を綻ばせるだとか。相変わらずぶっきらぼうな物言いだけれど、その中に微かな甘さを感じるだとか。本を受け取るひんやりと冷たい指先が、今までより暖かいだとか。
もしかしたら、もしかしたら柚月もおれのことを。なんて思ってもいいのだろうか。
煩悩の尽きない高校二年生、入江晴太。猛然と自転車のスピードを上げた。
「柚月、学食行く?」
「おう」
昼休み。勉強から解放されたざわめきの合間を縫って、晴太は柚月と学食へ向かう。
決して喋らなくなったわけではないけれど、よく昼休みを一緒に過ごしていたサッカー部のメンバーと少し距離を置くようになって、むしろ都合が良かったかもと思っている晴太だ。
「今日は何にする?」
「きつねうどんが食いたい」
「了解」
学校でなら、こうして普通に柚月と喋れるから、晴太はほっとした気持ちになる。本当は二人っきりになりたいと思ってるくせに。何なんだ、おれ。
席取りを柚月に任せ、代金を預かって学食に並ぶ。二人分の食事をトレイに載せて慎重に席へ運ぶと、先に座っていた柚月がトレイを受け取ってテーブルに並べる。一瞬重なる指と指に、晴太の胸は鼓動を早める。
「サッカー部、今日が最後だったんだろ?」
「うん、なんか普通だった」
「そっか」
「うん」
言葉は少ないけれど、柚月は分かっていてくれる。柚月がいれば、どんなことでも出来そうな気がしている。
晴太は「いただきます」と手を合わせ、割り箸をパチンと割った。
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