27 柚月

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27 柚月

 冬休み中、図書室は閉鎖される。夏休みと違って冬と春は日数も少ないし、三年生の図書部員が抜けて人手も足りない。顧問や司書の先生も何かと忙しくて、図書室開放にまでは手が回らないのだ。  休み前に借りてしまおうと、図書室はいつになく混雑していた。柚月は貸し出し作業に追われ、ずっと自分を待っていた人影があることに、まだ気付いていない。  最後の業務が終わり、ふうと一息つく。普段図書部の活動を休みがちな柚月は、少しでも挽回しようと他の部員の持ち場も引き受けて、久しぶりに頑張って仕事をしたという充実感、それと。 (疲れた……、あ)  後ろに下げたはずの椅子に足を引っ掛けてしまった。転ぶ──。 「あっぶね。大丈夫か、柚月」  とっさに両腕をしっかりと掴まれて、かろうじて柚月は後ろへ倒れずに済んだ。ガタン、と椅子だけが後ろへ転がった。 「あ、晴……、なんで」 「柚月が終わるの待ってた」 「うそ」 「ほんと」  とりあえず座れ、と椅子に座らされた柚月は、まだ目の前に晴太がいるという事実がよく飲み込めていない。 「なんか飲むか?」 「あ、うん。鞄に……水筒が」 「おっけ」  晴太が貸し出しカウンターの内側に入って、柚月の足元から鞄を引っ張り出す。水筒を手に取ると、「これか?」と柚月に手渡した。 「うん……ありがと」 「落ち着いたら、家まで送るよ。後ろ乗ってけ」    だれか来たらすぐ降ろせよ、という柚月の心配をよそに、晴太は軽々とペダルを漕ぐ。サッカー部で鍛えた脚は伊達じゃないようだ。 「柚月こそ、しっかりつかまってろよ」 「お、おう……」  夕闇迫る帰り道、二人のほかには誰もいない。もう少し晴太と一緒にいたい。そんな柚月の思いとは裏腹に、自転車は柚月の家に着いてしまった。 「晴太。うち寄ってけよ。ドーナツ、あるぞ」  とっさに柚月の口から出たのは、下手くそな誘い文句。ドーナツで釣られるかっつの、パン食い競争じゃあるまいし。 「ドーナツ食う」  釣られたよ、晴太の嬉しそうな笑顔に思わず柚月も笑う。良かった、気付かれてはいないみたいだ。俺が晴太を引き留めた理由。  伯母さん達は用事で家を空けていた。ドーナツの皿を持って柚月が部屋に入ると、晴太は隅の方で所在なげにしている。柚月はその横に座り、皿を真ん中に置いた。 「何だよ、マンガでも読んでるかと思った」 「うん……」 「ほら、食えよ」 「いただきます」  ドーナツを一口齧ると、晴太はそのドーナツをじっと見つめる。そこから先の言葉はない。 「晴太?」 「好きだ」 「……え?」 「好きだ」 「ドーナツ? 知ってるよ」 「違ぇよ」  少しかさついた皮膚が柚月の唇に触れる。それは少し留まって、じきに離れた。  自分の唇に何が起こったのかよく分からなかった柚月は、けれどまだ食べていないドーナツの甘さを唇に感じて、それを舐めて、晴太にキスをされたのだと知った。 「おれの好きは、こういう好きだ」  そう言うと、晴太は堪え切れない思いを消化しようとするかのように、残りのドーナツを一気に頬張った。  少し泣きそうな顔でドーナツを頬張る晴太の表情に、晴太も同じ好きを持っていたんだと柚月は確信する。嬉しかった。 だれにも言えないかもしれないけれど、二人の世界の中で、それは紛れもなく真実だ。 「ったく、リップクリームくらい塗れよな」  無頓着な唇から柚月へと移された砂糖の粒は、再び晴太の唇に移される。 「俺の好きも、こういう好きだ」  柚月の唇が離れると、そこにはぽかんとした晴太の顔があった。    冬を終え、高校生活最後の春を迎えた彼らは、ゆっくりお互いの想いを温め合っていく。
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