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28 ハルユズ
「入江君。それじゃあ悪いけど、柚くんのことよろしくね」
「任せて下さい、伯母さん」
「どうして晴太がドヤ顔なんだ」
「柚くん、そういう言い方はないでしょ。お世話になるんだから」
「そうだぞ? 柚」
時には図書室で、時にはお互いの家で。二人で苦手科目を教え合いながら勉強に励んだ一年後、同じ大学に通うことになった。
「心理学、いいな」
柚月の呟きを聞き逃さなかった晴太が、「おれの志望校に心理学科があるぞ」と、柚月の家で資料を広げ出したのがきっかけだ。
「おれがいれば、もうは何にもないところでコケたりしないだろ」
「頼りにしてるわ、入江君」
すっかり伯母さんを味方につけた晴太は、ほらなと言わんばかりに柚月を見る。憮然とした表情の柚月は、けれどたしかに晴太となら怖いものはないということを一番よく知っていた。
二人は、せーので新しい世界の扉を開ける。
「……ゆず、ゆーず。起きろー」
おい晴太、今日は授業ない日だぞ……。ぼんやりと柚月の視界に光が入ってくる。ああ勿体ない。起きるまで寝ていたかったのに。
毎朝迎えに来る晴太に柚月を任せて、伯母さんはカフェのパートに出るようになった。「伯母さんのスイーツは絶品ですもん」などと晴太のよいしょが効いたらしい。そういうところ、こいつマメなんだよなあ。と柚月は感心する。
「よう、ねぼすけゆず」
晴太の顔が近い。柚月の額がどうもぬくいなと思ったら、晴太の大きな手が当てられていた。
少し体温の高い晴太のぬくもりは、寝起きの悪い柚月を起こすのにちょうど良い加減だということは、二人だけの秘密だ。
「忘れたのか? ネタ探しに行くぞって約束したよな?」
大学の授業と並行して、二人はそれぞれの創作活動にも力を入れ始めていた。コンテストに作品を出してみたり、大学サークルOBの誘いでフリーペーパーの記事を作ったりしている。
まだ歩き始めたばかりの道のりだけれど、隣にお互いがいるからこそ、その一歩一歩は力強い。
休日の今日は、依頼された仕事の取材兼、作品の題材になりそうなネタ探し……という名目のデートをすることになっている。
「そうだった……。晴太、あと五分だけ寝かせて」
「はいよ」
柚が起きたら、二人で世界におはようを言いに行こう。うとうとと微睡む柚月のそばで、晴太も目を閉じた。
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