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第九話 三浜
山元、三浜の二人が帰ったあと、美雪はデスクの前でじっと黙っていた。
「……」
その顔は、いつになく強張っている。
“へいせい革命組”第一秘書の三浜 凌。
美雪は、彼のことを何とも“食えない男”だと感じ、そのことを考えていたのだ。
さっきの三浜との、会話を思い出す。
「岡本議員の死因の調べ…どうしてうちのような小さい事務所に頼もうと考えたのですか?」
美雪のその質問に、三浜は不敵な笑みを微かに浮かべた。
ほんの一瞬だったが、美雪は三浜のその表情の変化を見逃さなかった。
「それは…、もし我々の予想が当たっていた場合、党内から次に誰が狙われるとも限りません。そもそも我が党は、国の防衛に関して与党の通そうとしているどの案にも反対の姿勢です」
「…しかし、岡本議員のことは、当然警察も捜査したわけですよね?」
「…警察の捜査は当てにはなりません」
「…どうことですか?」
「これも推測ですが、現警察庁長官は、副総理と旧知の仲です。小学生からの友人だそうですよ。だとすれば、捜査は何とでも出来る可能性がある…」
「…で、外部の、民間に調べさせようと。それも目立ちたくなく、うちのような小さな事務所を選んだということですか?」
「ええ、察しがいい。ただ…、小さいだけでは、ちょっと…。探偵として能力の方も確かでないと。岡本について調べてることがバレれば潰される可能性がありますから」
「大きな事務所では、確かに大袈裟になるかもしれませんね。お二方のどちらかでも、出入りしたことが、知られてしまうかもしれない」
「はい…」
「でもそれで、うちにって…どう言う理由ですか?他にもありますよ。敏腕探偵の個人事務所とか…。依頼先に当事務所を選んだ理由、きちんとお話していただけますか?」
美雪が、質問を振り出しに戻すと、三浜はどこか嬉しそうに口角を上げた。
「…あるスジから、こちらの探偵さんが優秀だと聞きまして」
「あるスジ?」
「ええ。でもそれは伏せておきます」
「何故ですか?」
「我々は、企業や団体という後ろ盾のない市民政党として活動している。故に…もし大物や実力者と接触した形跡が僅かでもあったすれば…メディアはそこを突き、世間に広める。例えそれが、私個人の友人であったとしても、歪曲して広めることは必至です」
「…で、言えないと。でも、残念ながら、腕利きの所長も副所長も一週間は不在です」
「大丈夫。私は、あなたのことも評価しています」
三浜にそう言われると、彼が、さっき山元に何か耳打ちしていたことを思い出した。
「三浜さん、あなたその…私たちのこと…」
「当然、調べました。弱小とは言え、私がお支えしている党首を会わせるわけですし、あるスジの話が真実か、ね」
そんなやりとりをした後、美雪は一応依頼を受けることにした。
仮契約でだ。
所長も副所長も不在の場合、代理責任者を任されている美雪は、今回の依頼を仮として受けることにした。
本契約をするには話のスケールが大きすぎる。
ただ、美雪個人として受けたい依頼ではあった。
何故ならば、一連の話の中で、美雪にとって興味のある内容が含まれていたからだ。
「…それにしても、あの三浜って秘書、只者じゃないわね」
山元は、真っ直ぐに政治活動を行う人物であることは話していて解ったが、三浜は違う。
党と、山元を支えるために、恐らく危険なことや、汚れ役も行っていると、美雪は察した。
山元が知らなくてもいいことは口にせず、山元自身も三浜に強い信頼を持っているのようで、自身の分からないことも、確認するようなことはしないのだろう。
さっきのやりとりの中でも、それはよく解ったことだった。
「あのぉ、いいんですか?所長の不在に、依頼受けちゃって」
将都は、ファイル整理の作業の続きをしながら、美雪に尋ねた。
「…ええ」
美雪は素っ気なく答えた。
「政府関係の依頼を受けるのってどうなんです?よく分からないけど…」
将都に尋ねられた美雪の表情は深刻であり、真剣な眼差しだった。
何も言わない美雪の顔にチラッと目をやると、彼女のその様子に将都は驚いた。
「おお、ちょっと美雪さん、顔怖い怖い…」
顔を引き攣らせ、苦笑する将都。
美雪は、そんな将都の声を無視するように椅子から立ち上がると、上着を片手に、「ちょっと出てくる」と言い、足早に事務所を出て行った。
「……食べ損ねたお昼…ってわけではないよね?」
将都は苦笑しながら亜衣に尋ねると、亜衣は肩を竦めた。
「知りません。私はただの事務員です」
そう言い、亜衣も椅子から立ち上がる。
「あっれ、亜衣さんも…出るの?」
「私は、お昼を買ってきます。留守番よろしくー」
亜衣は、無関係な雰囲気を醸し出し、笑顔で事務所を出て行った。
静かになると、将都は椅子の背もたれに寄り掛かり、大きな欠伸をした。
「…腹減ったな」
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