第十話 美雪の行き先

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第十話 美雪の行き先

 夕方、十七時。  “ちょっと出る”と言って出て行った美雪だが、結局戻っては来なかった。  特に事務所に電話もなく、亜衣も帰り支度を始めたので、将都も帰ろうとすると…。 「押尾君は、美雪さん待ってなくていいんですか?」  パソコンを閉じ、デスクと書類を片付けた亜衣は、将都に指摘をした。 「え?いや…だって俺残ってても役に立てることなさそうだしなぁ。美雪さん、鍵持ってるでしょ?帰っても、ま、いいかぁ…なんて言ってくれません?」  苦笑する将都に、亜衣は微妙な顔をする。 「いいわけないじゃない。帰っていいかは、自分で美雪さんのケータイに掛けて確認しなさい。黙って帰るのはダメよ」  そう言い残すと、亜衣は上着を着て、事務所を出て行った。 「……はい、そう、ね。おつかれさまあ」  気の抜けた声で、既にいなくなった亜衣に挨拶をする将都。 「…………」  一人になった将都は、両手を頭の後ろに組んで、背もたれに思い切り寄り掛かった。 「……こんなんでいいのかなぁ、俺」  口にする独り言。  私立探偵は、もっと刺激のある仕事だと思っていたが、どうも思っていたことと違っている気がしている将都。  自分と一つしか違わない美雪は、六堂に信頼もされているし、一人で仕事をすることもある。  一年後、優秀な彼女と同じように自分がそうなっているとは思わないが、経験値を上げるためにも、もう少し難しい依頼に、助手としてもっと付いて回りたいと考えることもあった。  将都が、この六堂私立探偵事務所に来たのは偶然ではない。  私立探偵を目指そうと決めた切っ掛け、高校一年生頃。  五年前…。  一つ歳上の彼女が“亜紀”、人ならぬ“何か”に殺された晩のこと…。  襲われた亜紀を助けようとした将都は、自分の持つ渾身の力で、“何か”に打撃を繰り出した。  だが手応えがなく、絶望的に無力を感じた。    そして、その“何か”は、懸命に攻撃をする将都のことを逆に蹴り飛ばしたのだった。  吹っ飛ばされた将都は、あまりの衝撃に意識を失いかけた。  まるで交通事故。  蹴りに反応はしていた。しっかりと身体をガードしていたのだ。しかしガードごと飛ばされ、腕はその一発で折れた。  将都は直ぐに理解した。もうダメだと。  その次の瞬間だった。  バーンッ!と、一発の銃声が響いた。  乾いたその音が銃声なのだと理解をしたのは、目の前に駆けつけた男のその手に、拳銃が握られていたからだった。  その人物こそが、将都が私立探偵を目指す切っ掛けになった、六堂 伊乃だったのだ。  ギイィ…。  五年前のことを思い出しながら、背もたれに更に体重を掛ける将都。  時間は少し戻り…。  一方、事務所を出た美雪は、地下鉄を乗り継ぎ、新宿に来ていた。  その目的は、巨大国際企業“庄司エンタープライズ”、その本社ビルだった。  ビルの圧倒されるような広く立派な一階フロアには、パリッとしたビジネススーツに身を包んだエリートな雰囲気を醸し出している社員たちが行き交っている。  ミニのワンピースにジージャン姿の美雪は、少し浮いているのか、受付の女性は真っ直ぐ向かってくる彼女に、すぐに気づいた様子だった。 「失礼、私立探偵の益田という者です」  美雪は、インフォメーションカウンター前まで来ると、受付嬢にバッジを見せた。  上品に微笑む、美人な女性。わかりやすいくらいに美人だ。“社の最初の顔”として出迎える役目は、今も昔も求められるものは、見た目と、礼儀。 「いらっしゃいませ、益田様。本日はどのようなご用件でございますか」  受付嬢はバッジを確認すると、丁寧にお辞儀をした。 「…“庄司 弥”さんに会いたいのですが、ちょっとアポ取らないで来たんです。会えますか?出張でいないとかですかね?」 「失礼ですが、どちらの“しょうじ”でございますか?もし部署などお分かりでしたら、確認いたしますが…」 「部署?」  美雪は首を傾げると、目を上にして間を空ける。 「…ん〜、部署はちょっと分からないんですけど、その、確かCEOと代表取締役を兼任してる人です、役員会とかそういうのですかね」  美雪の説明を聞いた受付嬢は、少し困った顔をした。 「すみません…それは弊社代表の“庄司 弥”で、お間違いないでしょうか?」 「はいはい、その人でお間違いないです」  話が通じ、笑顔で頷く美雪に、受付嬢は目を大きくした。  そして慌てて受話器を片手に内線をかけた。  一瞬、揶揄われているのことも思ったが…  受話器の向こうから、代表の“庄司 弥”が、美雪を社長室に通すようにとの返事があり、驚いた受付嬢は、あわあわと案内をするのであった。
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