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第一話 二人の暴漢
――俺…何やってんだろ…
食堂の側の都道の下を潜ったすぐ先にある“三角公園”。
将都は、近くの自販機で缶コーヒーを買い、公園の中にあるベンチに座った。
公園の前は緑が茂っており、その向こうには墓地がある、人通りの少ない裏通り。昼間から閑静な道ではあるが、小さなマンションや古い家が立ち並び、並行している外苑西通りからは、走る車がよく聞こえた。
街灯が煌々と照らす誰もいない公園で、“恋”を何も進展させられない自分にモヤモヤしている将都は、ぼうっとしていた。
――きっともう顔は憶えられてるだろうなぁ。でも、それだけじゃあなぁ。世間話の一つでも交わせるようになりゃあいいんだけど…
そんなことを考える一方、探偵として一人前になるために東京まで来たのに、何に悩んでるのだろうかと、自分が嫌にもなっていた。
将都は、宮城県は京野城市から高校卒業後、ここ東京にある“坂崎ディテクティブ・アカデミー”に進学。在学中のライセンス取得者が、五割を切る中で、見事に合格を果たし、就職もした。
これまで決して成績が良かった方ではない彼だが、ここまで挫折なく頑張ってこれた。まさに、これからがスタート…だと言うの、恋愛に心奪われしまっているのは、若いから仕方ないのか、自分に甘いのか。
――…仕事に集中!そう、仕事を憶えていかないと!
缶コーヒーを飲み干し、少し落ち着いた将都は、空き缶をゴミ箱に投げ入れようとベンチから立ち上がった。
すると、ふと都道の橋桁の近くにいる人影が目に入った。二人組の男だ。
どうやら立ち話を楽しんでる感じではなさそうだ。
明らかに挙動不審。
――…怪しい奴らだなぁ
人通りの少ない道で、さらに目立たぬように息を潜めているのが窺える。
薄暗いが、不良あがりか、半グレか、そもそもガラの良い感じではないのは一目で分かった。
気になってしまった将都は、少し面倒くさそうに鼻でため息をつくと、音を立てぬよう空き缶をベンチの上にそっと置いた。
そして気配を消し、二人がもう少し見える位置に移動する。
――待ち伏せ、か…?
見張ること十分程が経過した。
二人組の男に動きが見られる。同時に橋桁の向こうから誰かが来る。
――ん?…ん!あ、あれは…
やってきたのは“春子”だ。やまひろ食堂のバイトを終えて、帰宅するところなのだろう。
――彼女が…狙いなのか?
携帯電話を片手に歩く彼女は、二人組の男にはまったく気づく様子はない。
――違ってくれ…よ
将都は、男たちの狙いが春子でないことを願った。
だがその願いは虚しく、男たちは動き出した。
春子がちょうど都道の真下を通ろうとした直後、二人組の内の一人、金髪にピアスをした男が彼女の前に立ち塞がった。
それに気づき足を止める春子。
もう一人の男、ロン毛を茶色に染めた男は、後退る春子の背後に素早く周った。
「おっと…!言うこと聞けよ」
“茶髪ロン毛”は素早く春子に後から抱きつき、手首を抑えた、
抵抗する春子。
「静かにしろって」
だが、“金髪男”が折りたたみ式のナイフを取り出しチラつかせると抵抗をやめ、恐怖に引き攣った表情を見せた。
「よおし、いい子だ。今から楽しくドライブだ。誰か通る前に早く乗れや」
ニヤニヤしながら、二人は、近くに路駐していたハイエースに引き摺り込もうとした。
――…嘘だろ、拉致かよ…
将都は、とんでもない状況に居合わせたことに、ただ驚いた。
しかし、考えるよりも先に行動に出ていた。何もしなければ、このまま春子が連れ去られることは確実だったからだ。
「おいおいおいおい!ちょっと待ってってお前ら!」
将都が叫ぶと、振り向く二人の男。近づいて見るその目つきは、暗がりの遠目で見るよりもずっと悪かった。
二人組は、一瞬互いを見合った。
そして金髪男は、ナイフを将都に見えるようにした。
「何だおまえ?大人しくあっち行けよ、こっちは急いでんだ。黙って消えるなら見逃してやっから」
誰が来たのかと思えば、若い男が一人。男たちは脅せば引っ込むと考えたのだろう。
将都は、そんな金髪男の言葉に対して言い返さず、チラつかせたいるナイフに向けて、サッと脚を出した。
脅しで見せるために持っており、しっかり握っていなかったナイフは、将都の爪先がパシッと当たると、手から落ち、カランと音を立てた。
「なっ!?」
金髪男は、目を広げ、少し驚いた顔をした。
「何が“見逃す”だ。そりゃこっちのセリフでしょうが。あ!いや…見逃したらいけないか!通報…、そう通報だ!」
将都がそう言うと、春子を取り押さえていたちゃ茶髪ロン毛が手を離し、金髪男の前に立った。
春子はその場に力無く座り込んだ。
「何やってんだよお前、早く拾えよ。あの人怒らせるとヤベエぞ」
茶髪ロン毛がそう言うと、金髪男はナイフを拾い、今度はしっかりと握った。
「通報?面倒な奴だ。こいつも車で運んで、あとで捨てるぞ」
茶髪ロン毛男の提案に、金髪男はニヤリと笑った。
「ああ、それがいいな」
二人のやり取りに、将都は引き攣り気味に苦笑した。
――…コイツらマジ言ってんの?
「見ろよ、今更ビビってやがるぜ」
金髪男がナイフを向けて嫌らしい笑みを浮かべ、近づいて来る。
――うわぁ、脅しじゃねえのかよぉ!
後退りしながらベルトに付けていた探偵のバッジを取り出しす将都。
「お、落ち着けよ。見ろ、俺は…これだぞ」
足を止め、金髪男は訝しげに目を細めてバッジを見た。
「…何だそれ」
だが、“何のバッジ”か知らないらしい。茶髪ロン毛と顔を合わせるが、そっちも肩を竦め首を振った。
「知らないのかよ。探偵だよ!探偵!」
「探偵?」
「そう、銃持ってんだぞ」
これは、嘘である。
ライセンス取得者は銃の携行を許可されているが、新米の将都は持ち歩かせてもらえていない。
「はあ?銃?」
金髪男は、苦笑した。
「ああ、そうだ」
将都はバッジをベルトは戻しながら頷いた。
「…じゃあ見せてみろや」
「……え?」
ナイフの切っ先を将都に向ける金髪男。どうやら、“銃”という言葉に効果はなかったらしい。
――んだよ…ったくもう、穏便に済まそうと思ったのに仕方ねえな…
将都は一呼吸置くと、面倒そうな顔から鋭い顔つきに変わり、スッと踏み出した。軽く、速く、無駄のない踏み込み。そして向けられたナイフの切っ先に、自ら近づいた。
「お!?お!?」
慌てる金髪男。
凶器は傷つける以上に、見せただけで心理的に相手を追い詰める物。だが逆に、恐れずに迷いもなくその凶器に向かって来る相手には、実力のない者は驚き反応が遅れる。
金髪男は、恐らく自分よりも弱い相手を脅迫したり、傷つけることには慣れていたのだろうが、将都は違った。
ナイフを向けている金髪男の右腕を左の脇に挟み、ガッチリとホールドした。
そして右手で男の襟首を掴み、一気に引き寄せて顔面に頭突きを喰らわせた。
「はがっ!!」
将都の額が、勢いよく金髪男の鼻を潰す。金髪男は情けない声を上げ、そしてナイフを手から離し、地面に膝を着いた。
脇に挟んでいた腕を一旦解いて、手首を掴むと、将都はP.D.のイニシャルの掘られた手錠をポケットから取り出して、掛けた。
「手錠!?」
将都が“大したことのない男”だと思っていた茶髪ロン毛は、その一瞬の出来事に呆気に取られていたが、仲間の手首に掛けられた手錠を見て、我に返った。
「ああ、そうだよ。大人の遊びで使うやつじゃねえぞ。本物だ。悪い奴を確保するちゃんとしたやつ…、銃は持ってるのは嘘だったけどね」
将都は、金髪男のもう片方の手首にも手錠を掛け、地面に落ちたナイフを蹴った。
頭突きを喰らった鼻からは大量の血が出てきており、金髪男は涙目で息苦しそうにもがいている。
その様子を見た茶髪ロン毛は、ロッド式の特殊警棒を取り出し、強く振って伸ばした。
「ふざけんじゃああねえぞ!くそ!」
大声を上げ、警棒を持った右腕を大きく振り翳し、物凄い勢いで将都に向かって突進してきた。
将都も向かってくる茶髪ロン毛へ素早く距離を詰めた。自ら距離を詰めることで、警棒を振り下ろすタイミングを狂わせる。
そして茶髪ロン毛の振り下ろそうとする上腕三頭筋を左手で掴む。格闘技で言えばストッピングだ。
そこから流れるような動作で、右手で襟首を掴んで足を払った。
「あだっ!」
体が一瞬宙に浮き、背中から地面に激しく落ちた茶髪ロン毛は、同時に警棒を落とし、苦しそうに咽返す。
将都は仰向けになっている茶髪ロン毛の胸部に右膝を乗せ、身動きを出来ないよう抑えつけた。
「かっ!くおらっ!てめ!どけろ!」
手足をバタつかせる茶髪ロン毛だが、将都はパシッとその手首を掴みあげ、もう一つの手錠を取り出して掛けた。
「この野郎、はずせ!」
押尾 将都……、一目惚れしたアルバイトの女子高生に連絡先を渡せないことに悩み、ディテクティブ・アカデミーでも成績は下の方ではあったが、”無門会空手オープントーナメント“の2005年大会の全日本王者であったことを、男二人が知ることは恐らくないであろう。
「おああ怖かったあっ!でも手錠の掛け方は、アカデミーで習った通り、我ながら見事だったかなぁ」
顔を緩めると、地面に座り込む春子の前に近づき、屈んで目線を合わせた。
「大丈夫?」
将都が尋ねると、春子は静かに頷いた。
将都が通報して駆け付けた警察に連行された二人の男。
自らも、事情聴取を受けるために春子と共に警察署へと行くことになった。
港区赤坂警察署で聴取が終わる頃には、二十二時を回っていた。
二人の男は内装業の会社の社員で、春子との面識はない。
確かに最近の男性客の中に、春子を気に入って話し掛けたり、連絡先を渡す者もいたが、記憶の限り、二人の男が客として来たことはないという。
春子の家は、西麻布。やまひろ食堂から歩いても十五分は掛からない程度の場所で、普段から歩いて帰っており、今回のようなことは初めてだった。
娘が犯罪に巻き込まれたという連絡を受けて、両親は血相を変えて警察署に駆けつけた。
やまひろ食堂の主人も連絡を受けて駆けつけ、両親に深々と謝罪していた。
勿論、食堂の主人は何も悪くはなく、春子の両親も頭を上げてくれと言っていた。
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