第二話 帰りが遅くなった夜

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第二話 帰りが遅くなった夜

「…で、怪しい二人組が気になり、見張っていたら、少女を拉致しようとした…っと」  警視庁赤坂署、聴取室。  ボールペンで調書を書くのは、岩木(いわき) 章介(しょうすけ)。聴取の前にもらった名刺によると、“警部補”らしい。  見た目は40代半ばの、“冴えないおっさん”といった雰囲気の、中年男だ。 「そんで、君は公園で何してたの?」  岩木はポールペンでペシペシと左手のひらを叩きながら、将都に尋ねた。 「え?だから、ベンチに座って缶コーヒーを…」 「いや、“そういうこと”じゃなくって、何でベンチに座って缶コーヒー飲んでたのって」 ――はあ?どうでもいいだろう、んなこと…  “恋に悩んでいた”などとは答えにくい将都は、「風に当たりながら食休みッス」と答えた。 「あーそう…まぁ、若いからね、色々悩むこともあんでしょう。恋愛とかさ…わかるわかる」  岩切の言葉にドキッとし、苦笑する将都。 「は、はあ」  ぬぼっとした雰囲気とは逆に、発言は偶然なのか鋭いのか、岩木という男、顔からは何とも読みにくい“おっさん”だと感じさせられる。 「よし…まぁ、あの娘さんも助かったことだし、とりあえず今夜はいいかな」 「そうですか、それじゃあ…俺はこれで」 「あ、待って」 「…はい?」 「ええっと…君は、私立探偵だったよね。どこの所属なの?」  尋ねられた将都は、(まだ続くのかよ)と、口をへの字にした。 「…小さなところだし、分からないと思いますよ」 「そう?言ってみてよ」 「んあ、えーと、“六堂私立探偵事務所”です。南青山にある」  そう答えると、岩木はやる気のなさそうな目を少しだけ広げた。一応、驚いたらしい。 「はいはいはい…、俺の前の上司の友人がやってるとこだ」 「え?」 「本庁で世話になってた女上司がいてね、その人の友人なんだよお宅の所長さん。俺も現場で所長さんとは、何度か会ったことあるよ」 「は、はあ、そうなんですか?」 「そうそう。そうか、あそこの所員なのかぁ」 「は、はあ」  やはり仕事柄、警察にも顔を知られるものなのかと思いながら、聴取から解放された将都は、ドアを開けて廊下に出た。 「…あ!」  出てきた将都の姿を見て、声を上げたのは春子だった。  どうやら、廊下のロビーチェアに座って、彼が出てくるのを待っていたようだった。両親も一緒だ。  立ち上がり将都の側に歩み寄ると、深々と頭を下げる春子。 「あの!えと!助けてくれて、どうもありがとうございました」  春子の両親も、彼女の後ろに立って頭を下げて礼を言った。  将都は、春子、母親、父親、そしてまた春子と目を動かして見つめた。 「いや、あー…無事だったからいいですよ。現場に居合わせたの偶然ですし」  手と首をゆっくり振って、“別に大したことじゃありません”や、“当然のことをしたまでです”、とでも言いたげな表情で、クールな雰囲気を漂わせて見せる将都。  そんな態度で、軽く頭を下げて、その場を立ち去る…。  これは、いわゆる“照れ隠し的”な行動だ。ずっとお近づきになりたかった春子と、まさかの話せるチャンスに、“ひゃっほー!”とでも叫びたいというのが、将都の本音だ。  だが歳上として、そんな舞い上がった姿は見せたくない。何より、両親が側にいて、そんなこと出来るわけもない。  咄嗟に出た行動が、クールぶる、そして去るだった。  自身では解っていることだが、こういうことをしても、意外と相手にはクールにも格好良くも見えていないもの。  警察署を出たあとに、もっと話せばよかったと少し後悔をし、泣けてきた将都だった。  事務所が契約している、スタッフや来客のための駐車場があり、将都は外苑前を通ってそこまで車を取りに徒歩で向かった。 ――あーあ、すっかり遅くなっちまった…もう二十三時半、か…  駐車場には、将都の愛車、ガンメタカラーの“ダンクTR 4WD”が停めてあった。  シートに座りドアを閉めると、外の音が遮断され、静かになる。夜中間近とは言え、都会だ。将都のいた宮城の夜とは違い、常に何かしらの音が静かに聞こえる。  エンジンを掛け走り出すと、ダンク特有のヒューっというターボ音を発しながら帰路を走行した。  将都の自宅は江東区大島の住宅街。道路も空いてるこの時間、二十分程で到着した。  屋根付きの駐車スペースに愛車(ダンク)を駐車する将都。  自宅は、豪邸というほどではないが、車三台は止められる立派な一軒家だ。おまけに賃貸ではない。  実は将都の実家は、宮城ではそれなりに大きい食品会社“オシオフーズ”を経営しており、いわゆる“田舎の金持ち”なのである。  とはいえ、将都自身はいかにも“ボンボン”というわけではない。乗ってる車が軽自動車(ダンク)というのも、一つその証た。もっとも、愛車は、拘って買った物でもあったが。  彼は家族とそこまで親しくない。険悪でもないが、幼少の頃から親子の関係が希薄で、“カギッ子”生活を送っていた将都は、いつも一人の子供時代だった。  その頃のオシオフーズは、まだまだ零細で、両親とも朝から夜中まで働いていのだ。地元企業として力をつけ始めたのは将都が小学校を卒業するあたりで、親の愛を受ける必要を感じなくなっていた。  中学に入る頃に、少し歳の離れた弟が産まれた。会社も軌道に乗り、弟は自分とは違う恵まれた環境で育っていた。会社はいずれは弟が継ぐだろうと思っており、将都もそれでいいと考えている。  今住んでいる家は、アカデミー進学の際に親の会社名義で購入した物で、そのまま住まわせてもらっているが、いつか出て行くつもりだ。  玄関の鍵を開け、家の中に入ると、奥から若い女性が出てきた。 「お帰りなさい」  女性は、にっこり優しい笑顔で帰宅した将都を出迎えた。  彼女の名は小末(こまつ) (みさき)  将都が東京進学を決めた高三年の頃から、家政婦派遣会社“angel housekeeper”との契約で、住み込みで世話してくれている家政婦だ。  今年春に、無事アカデミーを卒業した将都だったが、彼女があと一、二年の間に、恋人との結婚を考えていると聞いて、それなら“それまで契約続けたらいいのでは?”と、将都が親に掛け合った。  もともと将都一人では部屋を持て余すこともあり、無駄な家賃を払わなくていいよう住み込みにしたらと提案したのは彼だったが、一緒に生活していた方が良いという彼女の意見もあり、契約内容の交渉が将都の親との間にもあったようで、四年前にスタートした二人暮らしだった。  岬は家事全般が好きで、家政婦としては最高の仕事ぶりで、加えて今では将都の好みや拘りは全て把握している、本当にありがたい存在だった。  もっとも、住み込みの提案した頃の将都には下心もあった。高校三年の頃の彼は、“歳上のおねえさん”に、イヤらしい期待をしていた。  だがこの四年、特に何もなく、風呂上がりのいい香りにムラムラするのを我慢していた将都も、今では“姉”がいるような感覚に落ち着いていた。 「今夜は遅かったですね」 「うん、ちょっと…ね。岬さんこそ、まだ起きてたんだな」 「はい。今夜はお夕飯の準備もなかったので、溜めていたドラマ見ていたんですよ。明日はお休みですか?」 「ううん、土曜だしなぁ、休みたいけど…何かあんだって、訓練が。朝は普通に出るから」 「はい、承知いたしました」  簡単な会話を終えると、将都は風呂に入り就寝した。
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