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第四話 優秀、優等生な先輩
「六堂さん、ちょっと訊いてもいいですか?」
打撃の組手後の拭き終えたマットに、消毒剤を塗布する将都と六堂。
そんな最中、将都は六堂に尋ねた。
「ん?何だ?」
「美雪さん…のことで…」
「美雪ぃ?あいつがどうした?」
「はい。あの人って、俺と同じアカデミー卒で…」
“益田 美雪“。
六堂私立探偵事務所の所員で、将都の一つ上の先輩探偵である。
見習い期間から六堂の助手として成果を出しており、昨年は殺人事件を一件担当し、犯人逮捕に漕ぎ着けている、才能ある所員だ。
「ああ、それが?」
「…いや、あの人…アカデミー主席だったことは、在校中に耳にしてましたが…。マジなんスか?主席ですよ!ってことは、ぶっちゃけ格闘戦やったら、俺より強いってことになりません?」
六堂は、頭を掻きながらどう答えようか少し考えた。
「そうだなぁ……。まぁ、強いよ。アカデミーでの実地訓練も優秀だったと、教員から聞いてるしな」
「……やっぱそうなの?あの見た目で」
“美雪”、見た目から頭は良さそうな容姿、顔つきだ。いや、実際に学生時代、勉強はとても出来た。
とはいえ、将都から見て、格闘戦が得意には見えないというのが正直なところだ。
だが、“自分より強い男”が認めている。
「彼女の場合、お前みたいに、格闘技や武道の“試合に出て、入賞するとか、そっちの実績はないけど、まぁ、多分…立ち会ったらお前負けると思うよ」
――マジで、強いのかよ…
将都は正直、“美雪”が得意ではない。
一緒にいると、何かと注意、指摘を受けるからだ。
美雪はいわゆる優等生。小学生の頃から成績優秀。
対する将都は、宿題そっちのけで遊ぶ子だった。
中高生時代は、ゲームを深夜までプレイして、授業中は机で寝ていた。
最も、難関のディテクティブ・アカデミーを進路先に選んでからは、さすがに勉強に励んだが、それでも合格はギリギリだった。
そんな将都でも、自慢出来るのが、ディテクティブ・ライセンスを取得するにあたっての、実戦における対応力の試験があり、その成績は唯一優秀だった。
そんな将都からしてみれば、優等生の美雪に、自慢の格闘技における実力まで負けているのは、とてもキツイものがあった。
「で?何?それ、気にしてるのか?」
「え?」
「あれだろ、美雪は頭もいいが、あの見た目で強いと来てて、悔しー…みたいな」
将都は、六堂の鋭さに、苦笑した。
「あんまり気するな。ちょっとずつさ、成長していたったらいいのさ」
「は、はあ…」
「それにほら…お前のその腕っぷしで、昨夜、“やまひろ”のとこのバイトの娘を暴漢から助けたんだろ?」
六堂が思い出したように、話題を変えた。
自分から六堂に話していなかったことなので、少し驚いた将都。
「え?あー、はい」
「赤坂署の刑事から俺に電話あったよ。そういうのは、ちゃんと報告しろよ」
「あ、ええ、はい。すみません」
赤坂署の刑事…。将都は、昨夜会つまた“岩木警部補”の顔を思い出す。
「髪の長い、可愛い娘な」
「あ、えと、はい」
「ん〜、あの辺、人通りは少ないけど…変な輩が出たことなかったんだけどなぁ」
「そうなんですか。いや、たまたま…見かけてよかったッス」
「そうだな。ま、何しても結果的にはよくやったな」
「あざす」
「ただ、無茶はするなよ。ガードの依頼で受けてりゃ別だが、探偵が自分から犯罪に首突っ込んで怪我しても、何の保障もされないからな。ヤバそうな時は通報だ」
「そ、そうですね。気をつけます」
そして、この後、射撃訓練へ移行した。
倉庫地下には、射撃場がある。
大きな探偵事務所であれば、ビル地下に射撃場を持っている所もあるが、小規模の探偵事務所は、最低一年に一度と義務付けられている射撃練習には、警察や自衛隊所有のものを借りることが殆どだ。
六堂探偵事務所が、射撃練習をする場所を持っているのは、異例と言えた。
基本的な姿勢や持ち方から、アカデミーでも徹底した指導を受けたが、六堂はより厳しく、そして的に狙いを定めるときのコツなども丁寧に教えた。
将都は真剣に耳を傾け、六堂の教えに集中した。
今はまだ拳銃の所持を許可されていない将都は、早く腕を上げようと必死に学んでいた。
そして本日の指導の全てを終えると、将都は六堂に連れられ、倉庫から車でやまひろ食堂へと夕飯を食べに行ったのだった。
二人が店に現れるや店主は、昨夜の件について改めて礼と謝罪をしてきた。
そして、今日のバイトは、春子ではなく、大学生くらいの青年だった。
シフトがたまたまそうなのか、昨夜のことで春子が休んだのかは分からないが、もし彼女がいれば、今なら状況の流れで話が出来るかと考えていた将都は、少しがっかりした。
“拉致されかけた”という体験に、春子がどれだけメンタルに傷を負ったのかを考えれば、変な期待は良いことと言えず、心の片隅では自身もそれは何となく“そう”だとは感じていた…。
「あーそうだ!将都、俺、来週末から家族で海外だから、一週間ほど留守にするけど、事務所頼むな」
座敷席で注文した料理を待っていると、六堂が思い出したように言った。
「…そうなんです?旅行、ですか?」
「まぁ、そうね。妻の父親のお墓参りが目的だけど。孫が生まれてから、一度も行ってなくて」
元ロス市警察の刑事だった六堂の妻は、アメリカ人で、その父親の墓はコロラド州にあるという。
将都は、“コロラド州”など、ハリウッド映画でしか聞いたことのない地名だなと思った。
そして、ふと考えると、来週末移行の一週間、事務所で美雪と二人になることが少し憂鬱になるのだった。
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