第五話 見送り

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第五話 見送り

 2006.5.6 -SATUDAY-  東京国際空港。  ゴールデンウィーク最終日とあって、なかなかの混み具合だ。  おそらく、多くの人が、行楽や帰省から戻ってきたのだろうが、六堂家は、今日がアメリカに旅立つ日だった。  入っていた仕事をキリよく終わらせてからの準備だったので、スケジュール的にこの日になった。  そんな一家の見送りに、空港まで来ていた将都。  そして美雪。 「ほおら、自分の荷物は、ちゃんと持ちなさい」  幼児(おさなご)を抱き抱えながら、長いブロンドの美人が、下を向いてそう言う。  彼女は、六堂家の良き妻にして母親である、“ジーナ”。事務所の敏腕探偵、副所長でもある。  今回の旅の目的は、彼女の父の眠るお墓への、挨拶だ。  彼女が声を掛けたのは、長男の“刹乃(せつの)”、三歳。  まるで父親の“縮小コピー”のような顔つきだが、髪は母譲りのブロンド混じり。  空港駐車場に止めた車から、子供用の小さなリュックを、母親に持たせたままだったことを指摘された。  そしてその腕に抱っこしているのは二歳の長女、“セツナ”。ジーナによく似た顔つきだが、髪の色は殆ど黒のブラウン。  将都は、この家族が揃ったのを初めて見た時、偏らず上手い具合に両親の遺伝が行き渡ったなと、感心させられた。  一家は荷物を手際良く手配し、航空券を受け取り、出発ロビーへと向かった。 「それじゃ、ちょうど依頼も入ってないし、問題ないと思うけど、くれぐれもよろしくな二人とも」  六堂は、美雪と将都にそう言うと、家族を連れて搭乗口のセキュリティーチェックを受け、搭乗手続きを済ませた。  最後の手荷物検査を通過し、四人が機内に向かうために待合室に入るのを確認すると、美雪と将都は、見送りデッキへ行き、六堂たちが乗った便が飛ぶのを待った。 「押尾君は、海外行ったことある?」  デッキにいる間、美雪からそんな質問を振られた。  将都は、ドキッとする。  空港まで見送る…そう言い出したのは、将都だったが、その話を聞いた美雪から“自分も行きたいから一緒に車に乗せて”と頼まれたのだ。  正直その時は、表向き快く返事はしたものの、(げー、気を遣うから嫌だなぁ)と思っていた。 「押尾君!それ出しっぱなし。使ったらすぐ戻す」 「ちょっと、頼んでたこともまともに出来ないの押尾君は」 「不倫現場抑えるのに、それじゃあバレるから、もっと目立たないようにして!」  六堂探偵事務所に来てから一ヶ月が過ぎたが、美雪から出る言葉が憂鬱になっていた将都にとって、車で二人きりはキツイなという思いがあった。  実際、空港まで車内では殆ど会話はなかったが、それもまた耐え難い時間であった。  六堂一家がいなくなり、また二人きりになると、気不味い空気だなと思っていた中で、美雪の方から話を掛けてきたことに、将都は驚いたのだ。 「あ…はい、一度」  間を空け、そう答えると、少し驚いた顔の美雪は将都の方に勢いよく振り向いた。  意外だったのだろう。 「嘘!ほんと!?どこどこ?」  将都は、口を半開きに、目を点にした。 ――く、食いついてきた!?  飛行機が飛び立つまでの間、沈黙にならないよう逆に気を遣って会話を振ってきた程度だと思っていた将都は、美雪が普通に反応を示したことにまたまた驚いた。 「…ブラジルです」 「ブラジル!?うっそ?ちょっと、見かけによらないね」 「見かけって……」 「何が切っ掛けで行ったの?」 「…ノリで」  苦笑しながら答える将都。  だが、嘘ということでもなかった。  将都は、自身に空手を教えてくれたラナウグに誘われて、彼の故郷であるブラジルはサンパウロに行ったことがあった。  その時に、極闘会館ブラジル支部での出稽古に行き、また同行したもう一人の格闘技の師匠、マイクと共にブラジリアン柔術の道場にも出稽古に行った。 「中学生の時…、外国人の知り合いがいて誘われて行ったんです。いや、普通迷いますよね?ブラジルって…。ノリで付いて行ったんです」  ブラジルでの思い出と言えば、厳しい出稽古で身体中がバキバキになったくらいしかないが、それでも心身ともに強くなったという満足感はあった。  それから、他流派として出場した、“無門会空手 全国オープントーナメント」でも優勝し、そこそこ格闘技の腕には自信も持つようになった将都。  しかし六堂は、目の前のこの美雪の方が自分より強いと言うのだがら、彼女は一体どんな鍛錬を積んだのだろうかと、ふと考えてしまった。   「あー、行っちゃった。そろそろお腹空く頃だなぁ。帰りにさ、どっか寄って何か食べていかない?」  六堂家の搭乗した機が、無事離陸したのを見届けると、美雪は将都にそんな提案した。  ポケットからケータイを取り出して時計を見ると、十一時半。  確かに少し早いが、昼食の時間に差し掛かる頃だ。  断る理由もなく、将都は、美雪とランチを食べることにした。  空港内でもよかったが、混雑する中で食べるより、少しでもゆっくり出来るところがいいと言う意見が、二人で一致したのだ。  駐車場に戻り、将都の軽自動車(ダンク)に乗り込む二人。 「押尾君ってさ、事務所の机の整理は苦手なのに、車内は綺麗よね」  助手席に乗り込んだ美雪がそう言うと、将都は苦笑した。 「これって、彼女とか乗せるから?」  片眉を下げ、悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねる美雪。 「いませんよ、彼女」 「ふうん、そうだよね。押尾君、いっつもJK目で追ってるもんね。それも、だいたい同じ感じの見た目の」 「は、はああ?」 「はあじゃないよ。知ってるよー。探偵たるもの、人の行動や習慣は見抜かないと、これから仕事になんないぞ」  確かに、将都は、女子高生を目で追う。  だがそれには、理由があった。  決してフェチ的なものではない。 「JKを目で追う彼氏なんて、普通嫌だからね」  美雪に突っ込まれ、言い訳をすべきか、悩む将都…。  過去…、将都は忘れられない人がいた。  彼の中では、ある日を堺に時間が止まっている部分がある。  五年前…。  将高校一年生の頃、将都には一つ歳上の“亜紀”という同じ高校の先輩にあたる彼女がいた。  ある晩、帰り道で別れた直後、亜紀の悲鳴が聞こえ、将都は鞄を投げ捨て、彼女の帰路の方へと走った。  そこにいたのは、黒い人影。いや、人と呼んでいいかも解らない“何か”だった。  その“何か”に、亜紀は殺された。  そんな過去がある。  彼は、自分の彼女が殺されるのを黙って見ていたわけではなかった。  亜紀を助けるために、その“何か”に立ち向かった。渾身の突きも蹴りも、まるで歯が立たなかった。  亜紀を目の前で殺されたことから立ち直るのには時間が掛かった。  思えば、“やまひろ食堂”のアルバイトの春子も、どこか亜紀に似た容姿だ。  しかし、そんな話を美雪にする気はなれず、将都は言い訳も否定もせず「はいはい、そーですね」と返したのだった。
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