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第六話 訪問客
かつての東京湾の上に作られた人工島、“新東京”。
その米部河巣地区。カジノを併設したゴールドスターズホテルは、そこにあった。
米部河巣は、特別カジノ地区で、国内で唯一カジノ経営が許可された場所。
その地区内にある公園で、男の遺体が見つかった。
遺体の身元は、国会議員。
“へいせい革命組”、という一風変わった名前の政党の党員で、現職の衆議院議員、“岡本 社”、四十八歳だ。
死因は、首吊りによる窒息死。
岡本は、カジノでの賭け金目的に、市民からの寄付金に手をつけいた。
負けの膨らんだマイナスを何とか取り戻そうと躍起になっていたが、気付けばその負けは何倍にも膨らみ、公に晒される前に自殺を図ったと見られた。
ゴールドスターズホテルのカジノで岡本を見たという目撃者もいた。
“へいせい革命組”は、その後ろ盾に大企業や宗教団体などが聳えて立つような忖度ありきの政策を行う政党とは一線を画した、政党助成金以外は、寄付だけで政治活動をしている“市民政党”だ。
闇深い伏魔殿のような政界において、そんな真っ新な政党から衆議院になるには、本当に苦労し、そして難しかったであろうことは、政治に興味のない者たちにも容易に想像出来、理解されていた。
果たして、そんな岡本が、市民からの寄付に手を出すだろうか?
代表の、“山元 勇太郎”は、その報告を受けた時に、大声で否定した。
そして…。
2006.5.8 -MONUDAY-
港区南青山の閑静な住宅街にある“六堂私立探偵事務所”。
所長、六堂 伊乃の家族が住んでいる自宅でもある。
建物の上が居宅、下が事務所。
しかし、今週は所長一家は、アメリカ旅行で不在。
帰国予定は土曜なので、所長もその家族も、次に顔を合わすのは、来週の月曜だった。
そんな所長に言い付けられていた資料整理をする将都は、懸命にファイルに書類を綴じていた。
その隣で、美雪は依頼者の弁護士に提出する調査書類をまとめるのに、キーボードを叩いていた。
そして、先日までの依頼調査費用を計算している、事務員の“加藤 亜衣”。
三人とも、デスクにむかって静かに黙々と仕事をしていた。
ペンがささやかに音を…、、そしてパソコンのキーボードがカチカチと音を立てている。三人とも真剣な面持ちで資料を眺め、時折机上の書類をめくる音やマウスクリックの音が聞こえるが、実に静かに、作業に没頭している様子が伺えた。
「おわったあっ!」
美雪はバンっと、デスクの上を叩いた。
そして背筋を伸ばして一呼吸。大きく胸を張り、力強く腕を伸ばす。
そんな彼女を見た亜衣は、ニコリと笑った。
「あ、ようやくですか。お疲れ様です美雪さん。コーヒーでもいれます?」
亜衣にそう言われると、美雪は時計に目をやった。
「ううん、ありがと。あと三十分くらいでお昼だし、大丈夫」
先週末からずっと終わらずにいた書類がようやく終わり、ほっとした美雪。
まだ見直しの必要はあるが、とりあえず山は超え、美雪は椅子の背もたれに思い切り寄りかかった。
力を抜いた美雪が「今日のお昼は何を食べようか?」と亜衣に振った瞬間だった。
突然、事務所のインターホンが鳴った。
一瞬の沈黙の後、亜衣はデスクの上の受話器を手にした。
来客対応は、事務員の亜衣の仕事の一つで、デスクの上には、電話とは別のモニター付きの受話器があった。
モニターも一つだけではなく、複数のカメラからの映像が映る。
仕事柄、所長は事務所のセキュリティーは高めにしていた。
そして、そのモニターに映っているのは、カジュアルな服装の二人の男性だ。
亜衣は、スケジュールボードを見て今日の来客予定がないのを確認しつつ「はい」と受話器に向けて掛けた。
本日の来客予定はない。
『あ、突然すみません。私は…』
モニターに映る、外のスピーカーマイクに向かって話をする男性は、丁寧にお辞儀をし、素性を名乗った。
亜衣は、頷きながら、「はい、ええ…はい…少々お待ち下さい。確認致します」と返すと、受話器のマイク部分を手のひらで覆った。
「あのぉ、美雪さん…」
「ん?何?誰?」
「…ええと、“へいせい革命組”代表と、その秘書だという方なんですどぉ…」
背もたれから体を起こし、美雪は少し驚いた顔をした。
「は?山元 勇太郎!?」
「あ、そうです」
資料整理の手を止め、二人の方を振り返る将都は、首を傾げた?
「誰ですか?その何とか組って、暴力団ですか?」
将都の質問に細い目で呆れた顔をした美雪は、彼を無視して、亜衣との話を続けた。
「で、何?うちに何か用?」
「とりあえず、会って話がしたいって言うのですが…。どうします?所長も副所長もいないですし…」
美雪は顎に人差し指を当てて、難しい顔をする。
「…門前払いも失礼だし、とりあえず通して。要件は聞いてみるわ」
“山元 勇太郎”。
現参議院議員で、政党“へいせい革命組」の代表。
“へいせい革命組”は、決して大きくも強くもない党だが、近年少しずつ国民の支持を集め力をつけている党だ。
何より、山元が元芸能人ということで、党は弱くとも、その知名度は人々に浸透はしている人物だった。
あまりテレビを見ず芸能人に興味のない将都には誰かは分からなかったようだが…。
美雪は、山元の来訪に驚いていた。
何せ、この小さな探偵事務所にやってきたのが、現職の国会議員なのだから。
堅苦しいスーツを着ているイメージの議員だが、山元はTシャツにジーパンだ。
秘書はもう少し落ち着きのある服装だが、スーツではない。
亜衣も驚きつつ、丁寧に迎え入れ、二人を接客用のスペースにお茶を用意した。
「失礼します」
二人を通した後、待たせることなく、美雪は山元と彼の秘書に一礼をして接客スペースに入った。
「当探偵事務所の、益田と申します」
美雪は、自身の名刺を二人に差し出した。
二人もソファーから立ち上がり、それぞれの名刺を出し、彼女はそれを受け取った。
山元は知っているが、もう一人は第一秘書の“三浜凌”と名刺に書かれていた。
美雪は、二人にソファーに座ってもらい、自分もその向かえに座ると、まずは所長も副所長も、一週間不在であることを伝えた。
その上で要件を聞いてもいいかと尋ねると、山元は頷いた。
「益田さん…あなた、若過ぎて驚いましたよ。でも、ここの所長さんって腕が良いって有名でしょう?その人が雇っているんだから、きっと問題ない」
山元は、元気に微笑みながらそう返した。
秘書の三浜は、そんな山元の耳元に顔を寄せ、そっと何かを喋った。
すると、山元は目を大きくする。
三浜が一体山元に何を話したのか、美雪は気になったが…、山元は機嫌良さそうに笑顔を見せた。
「…なるほど。ある人が言ってた。技術者に必要なのは、“経験”より“センス”だと。勿論“経験”は大事だが、それを積み重ねるには時間が掛かるからね。あなたは若いが、きっとセンスある探偵さんのようだね」
一体何のことだろうかと、山元の言うことに美雪は首を傾げた。
「さて、それはて。さておいて…。要件をお話しますよ。こんな格好で来たのも理由があってね…」
山元は笑顔のままだが、その目つきが真剣なものに変わった。
「うちの岡本衆議院議員…分かるかな?」
美雪は小さく頷いた。
「はい。お亡くなりになられたと、ニュースで拝見しました」
「だよね。そこそこ大きく扱われたもんな。死因は自殺で、うちの党への寄付金に手を付けていたことで、騒がれてる」
「ええ、そう報道されていますね」
「でもね、私は岡本が自殺などありえないと信じているんです。それで彼の死因が本当に自殺なのか、ここの事務所に調べてほしいんです。なにか裏があるのではないかと…私は考えていましてね」
美雪に対して、山元はそう言いながら不安そうに微笑んだ。
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