第七話 政治

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第七話 政治

「岡本議員の件、うちは叩かれまくりです…」  山元は、小さく呟いた。  それはそうだろう。市民政党として活動している党員であり、現職の議員が、募金で集めた資金に手をつけていたと報道されれば、世論は黙ってはいない。  山元は一瞬、下を向き、悲しげな目をするが、すぐに顔を上げた。 「…益田さんは、“政治”に興味はおありですか?」  顔を上げた山元は、唐突にそんな質問を美雪に振った。  何と困る質問だろうか。  現職の議員が、それも国政政党の党首に“政治に興味があるか?”と訊かれている美雪。  正直、そこまで興味はない。  美雪は勉強も出来、頭はいいが、それでも興味の有無は分野によりけりだ。 「すみません、ニュース等で情報は把握してはいますが、興味と言われるとそこまでは…」  一瞬、どう答えるか考えたが、“国民の声”は率直に知るべきだと、正直に答えた。  すると、山元はクスッと笑った。 「ですよねえ」  その反応に、美雪は目を少し大きくする。 「私も、あなたの立場なら興味持てませんよぉ」 「…はい?」 「いや、そうでしょう?おっさんたち何を言うてるか分からんし、あーとか、えーとか、どいつもこいつも、何で政治家の喋り方っていつの時代も同じなんですかね?そもそも寝てる奴もいますしね」  口調が軽い。  何て軽いのか。  美雪の持つ、“政治家”のそれと、イメージが全く違う。  だが納得も出来た。  山元は、政界の“変人”、“問題児”として世間では認知されている。  国会の空気を読まない発言が度々ニュースで取り上げられており、街頭演説の際、警察を相手に騒ぎになったこともあった。  自身が反対してきた派遣法改正案について、可否が衆参の投票結果に委ねられた際に、反対の立場だった山元がたった一人で“牛歩”をしたことなどは、美雪の記憶にも新しい。  とはいえ、どうだろうか。今彼が言ってること自体は、事実であり、美雪も少し笑いそうになった。 「では、うちの党が掲げている政策はご存知ですか?」  山元は、また質問を振ってきた。 「確か…“消費税の廃止”でしたよね?」  美雪は、前の政見放送で聞いたことを思い出しながら答えた。 「お!知ってますね。そうです。正確には、それも含めた、“太く強い経済政策”。それこそが、“へいせい革命組”の目指す、この国に今必要な一番のものだと考えています」  山元曰く、この先十年から三十年で、急激に経済は悪化し、かつての力のあった日本の姿は見る影もなく消えると見ているというのだ。  その理由の一つとして、現政権“自由正道党(じせいとう)”の方針として、消費税は、2030年までに30%に引き上げるという計画あった。  ガタンッ…。  その話が聞こえた将都は、思わず整理中のファイルをデスクから落とした。 「今より悪化!?さ、30パーっ!?」  そして激しく叫んだ。  まるで盗み聞きしているような将都の反応に、美雪はイラッとした顔で眉間にしわを寄せ、目を瞑った。 「す、すみません…うちの新人が失礼しました」  美雪が頭を下げると、山元も、秘書の三浜も声を出して笑った。 「いいよいいよ、私声デカいからね。そっちにいる“新人のおにいさん”と、お茶出してくれた“おねえさん”も、少し話混ざったらいいじゃない」  将都と亜衣は顔を互いに見合わせると、椅子から立ち上がり、山元の誘いに乗り、接客スペースの中に入った。  二人とも、今の話が気になってはいたようだった。 「いい反応だったね、君」  美雪の隣に座った将都に向かって、山元は親指を立て、ニコニコと笑顔を浮かべてグッドサインを出す。 「その反応こそが政治へ興味を持つ一歩なんですよ」  山元はそう言うと、“消費税”についての話を続けた。  近い内、まず消費税10%引き上げという話が、出てくるだろうこと。  そして、それは2017年までの十年以内に国会で成立され、現実の物となるだろうこと。 「…いやいやいや、5%でもきついのに、10%とか、ありえなくないスか!あ…っていうか、さっきは30%だって」  静かに聞いていた美雪を押し退けるように体を前に出す将都。  美雪はそんな将都にまたイラッとした。 「そう思うよね。そういう意見が出てくるでしょ?」 「はい…」 「政治の話なんて“そんなもんでいいんですよ」 「…え?」 「さっきそちらの益田さんは、政治の話に興味がないと仰った。多くの国民がそうでしょう。訳のわからない名称や、説明ばかりが出てくれば、自分には難しい、どこか遠いものだという風に印象を持ってしまう…」 「…確かに、ニュース見てても、俺よくわからないですね、政治って」 「でも、この国に住むあなたたちは、“あれが困る”、“これをしてほい”って、そういうことがいっぱいあるでしょ?今の消費税一つとってもそうだ。法治国家として、先進国として、それを何とかするのが、本来政治の役割なんです」  将都は、山元の言うことにきょとんとした。  彼のその反応に、山元は苦笑する。 「わからないかな。だって嫌でしょ?消費税なんて存在」 「ま、まぁそれは…はい、ない方が」 「そりゃそうだよ。子供の買う駄菓子にまで、罰金払ってるようなもんだもん。それをやってるのは政治。なら廃止に出来るのも政治」 「…そ、そうですね」 「ほら、少し政治に興味出てきたでしょ?」  美雪は、山元の話に対して半信半疑に頷く将都の肩を小突いた。 「山元さん…確かに消費税は私たちの財布に痛い。ですが、全国民から平等に徴収してますし、その、あとは社会保障とかに必要なわけですよね?30%なんて話はともかくとして、廃止は国民の財布のことしか考えてない政策のでは?」  美雪の意見に、山元は不適に笑い、頷いた。 「…益田さんは、“消費税廃止”は、国民の耳心地のいいこと言っての票集め…って思いますか?」  実際、一部報道では、そのように言われている。当然、美雪はそのことを知っていた。  山元は、辺りを見回すと、目に止まったボックスティッシュを指した。 「あそこのティッシュ…誰もが買いますよね?生活必需品だ」 「え、ええ」 「あの一箱を百円とします。月の手取りが十万の人も、百万円の人も、あのティッシュを百円で買うことに変わりはない。そこに、今の5%という消費税を課すことは、平等ですか?」 「……」  美雪は言葉に詰まった。  簡単なことだ。  本来税金は、所得に応じた課税でなくては、平等という計算にはならない。  日本の消費税は、商品やサービスの購入時に、全員同じ%で課される税金であり、所得の少ない人ほど収入の割合として支出することになるのだ。  消費税が嫌なものでも、払うことが“当たり前”になっていたことと、“仕方ないこと”という印象のもと、少し考えれば解ることでありながら、頭の良い美雪でも、深く気にすることがなかったのだ。 「気づいたようですね。こんな悪税ありますか?」 「でも…社会保障の財源としては…」 「社会保障?まさか…まやかしの言葉です」 「え?」 「……消費税が始まった本当の理由は」  山元が話を続けようとすると、秘書の三浜が腕時計を指した。 「代表…そろそろ時間が」  三浜に時間を指摘されると、山元は頭を掻き首を横に振った。 「…失礼。本題を話さないといけないですね。何分、うちは政権がやっていることに対し、消費税一つ取っても、このように正しい詳細を話してしまう。まさに永田町の嫌われ政党です」 「いえ…興味を持てるお話だと思います」  美雪は、山元に対し、たった数分で印象が変わった。  そんな自分にも驚いた。  確かに、最初は山元に対し、軽い人物と思ったが、それは話しやすいということでもあると気づいた。  政治家は偉く、どこか遠い存在だというイメージのあったそれは、山元から微塵も感じないのだ。  何より、メディアが報じる印象とは天と地ほどの差がある。 「…さて、本題です。まず、依頼ですが、岡本が自殺ではないという証拠を見つけて欲しいのです」  美雪は目を細め、すぐに依頼を受ける了承はせず、間を空けた。 「…そう言うからには、岡本議員が自殺をしないという、確固たる理由があるのですか?」  その質問には、三浜が口を開いた。 「…自正党政権下では、国内産の兵器開発を推し進めようとしています。いや、これは正直、水面下では随分前から行われていました」  “国力強化プロジェクト”。  六年前、非公式に政府はそのような名前のプロジェクトを進めていた。  核保有が出来ない日本において、それに変わる兵器を研究開発し、国力を強化していくというものだ。  これは、当時の政権内でも一部の物しか知らず、旧防衛庁内に秘密で計画実行するチームが特別に組まれていた。  だがそれは、秘密であることが仇となり、一人の男によって、国家転覆(クーデター)計画に利用されることとなったのだ。  そのことが表に出るや、日本政府は混乱を招き、内外の対応に追われた。  特に海外各国への対応は、厳しいものがあったという。  だが、その軌道修正をするために、“北朝鮮”を利用することで、各国にも上手く言い訳をするすることが出来た。  北朝鮮が度々行う日本へ向けたミサイルを飛ばす行為。  それに対して、抑止力を築くために、アメリカに頼るだけではなく、国内での兵器の研究開発をしていたことにしたのだ。  そして今は、堂々とそのことを公言し、“経複連”関連企業の何社かに、政府から兵器を作るよう指示を出していた。 「ええと、それはその話の良し悪しは判断はしかねますが…」  美雪がそう言うと、山元はガラステーブルを叩いた。 「良し悪しで!?悪いことです!それを我が党は強く反対していた」  語気を強くそう返した山元の前に、三浜は手を差し出した。  その手に目をやり、口をきゅうっと一文字にする山元。  間を空け、三浜は話を続けた。 「…詳細は省きますが、今、“四菱重工”が高性能ミサイルの開発しています」  “ 四菱重工業株式会社”  日本の大手製造業メーカーであり、航空宇宙、エネルギー、造船、建設機械、産業機械、自動車、産業用ロボットなど、広範囲な製品を手がけており、政府からの受注も多く受けている。  そして、国内の防衛産業としては、間違いなく一番の企業である。  もともと自衛隊の車両を中心に、防衛業務に関わる製品開発に携わっていたが、その技術を活かし、本格的な兵器開発を始めたのだという。 「…そのミサイルは、国内配備は勿論、海外への輸出も視野に入れています」  美雪は、目を広げた。  それもそうだ。  北朝鮮の脅威への抑止力として、兵器開発をするはずが、海外への輸出というのは話が違う。 「…海外に国内産の兵器を輸出って、政府がそれを許すはずがないのでは?」  その質問に、三浜は首を横に振るのだった。 「いいえ…すでにこれは裏では承認されています」
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