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第八話 出る杭
今の日本において、政治家は、国民から選ばれた、国家運営のための代表でしかない。
それが本来の日本における政治家だ。
だが“せんせい”と呼ばれ、権力を持ち、偉い存在になったのは、いつの頃からなのか?
日本は国民主権。
国民こそが、一番の権力を持つはずなのだが、殆どの人はその認識すら持ってない…。
「お三方とも、選挙には行きますか?」
三浜の問いに、美雪と将都は首を縦に振るが、亜衣は横に振った。
理由として、美雪は選挙権を使うため“義務的”に、将都は“何となく”投票に行っているという。
支持政党は特にないが、自正党には入れないとも付け加えた。
一方で亜衣は、自分の一票ではどうせ何も変わらないという考えがあり、且つ“いつも自正党が圧勝する”ので、行く必要性を感じないと、投票に行かないことへの理由を述べた。
「そうですか…。なぜ、国がミサイルの開発、そしてそれを輸出することを認めているのか…、その答えは、今の話の中にも出ています。その、あなた…」
三浜は一旦口を閉じて、亜衣に目線を向けた。
「あ、加藤です」
「失礼…加藤さん。あなたは、いつも自正党が圧勝するから自分の一票では変わらないと、選挙権を放棄していると仰られた…」
「は、はい…」
「では、そもそも、あれだけ複数の政党があるのに、いつも自正党が圧勝するの何でですかね?」
振られた質問に少し困った亜衣は、頭の良い美雪の方を向いた。
だが美雪は肩を竦めるだけで、自分で答えるよう沈黙で促された。
「それはぁ…ん〜、えーと、長年、国の運営を安定させ…、舵取りが出来るからで…そういった意味で、保守的な支持者が…日本国民に多いからですか…ね?」
途切れ途切れ応える亜衣に、三浜は軽く頷いた。
「確かに…そういった層も一定いるでしょう。地方に住む高齢者層や、一定の財を成してる方は、自正党が“舵取り出来てる”という風に思い込まされてる」
「思い込み…?」
「はい。消費税導入の1988年からこの2006年まで、毎年ただの一度も、景気が上向きになったことはない」
「………」
「その実感は薄いでしょうけどね。少しずつ…不景気に慣らしながら、増税し、搾取するように進めてますから」
「…そうなんです、ね」
亜衣の返す言葉が見つからない様子に、三浜は間を空け、そして話を続ける。
「…消費税も3%から5%まで上がり、水面下では今10%に引き上げようとしている。少子高齢化も進んでいる…。まだまだ芳しくない話は幾つもありますが、これで舵取りが出来てると言えますか?」
「で…でも、そのお話ですと、日本国民の生活水準は下がってきたわけだし、これからも下がるということですよね」
亜衣のその質問を聞いた三浜は、ゆっくりと深く頷いた。
「その通り。自正党の政策で生み出される結果は、それ以上でも以下でもない」
「そうすると、人々の消費が低下して…経済の循環は悪なって…、その、結局は国自体が衰退するのでは?」
「それも、彼らは知ってのことなのです」
今の三浜の回答に、動揺した将都と亜衣は、顔を見合わせる。
だが、美雪は冷静に、表情を変えず、尋ね返した。
「で、その話と、ミサイルの件…どういう関係があるのですか?」
三浜は、亜衣を手で指した。
「まず、先ほどの加藤さんの疑問にお答えします。毎度の自正党圧勝の件…。保守的な国民の数が多いのではなく、あなたのような考えたの方が、政治に、期待をせず…選挙権を放棄する人が、全有権者の4割以上いるという事実」
国政選挙に限らずの話だが、日本における選挙の投票率は、実に低いと、三浜は語った。
地方選挙では二割、三割のところはザラで、国政選挙でも半分から六割程度である。
投票率は、選挙の度にテレビで出るので、美雪も理解はしていたが、実際に投票している半数のうちの四割は、組織票によるものだという。
「組織票?」
将都が呟き首を傾げると、隣の美雪はため息をついた。
「…選挙に出馬する人を応援している企業、組織、団体の票のことよ」
「…あ、へえ」
「あんた、ちょっと物知らなすぎよ。本当に探偵のライセンス取ったの?」
眉間にしわを寄せた美雪に睨まれると、将都は頭を掻きながら苦笑した。
「…その組織票ですが、自正党の後ろ盾は、“経複連”です」
日本の経済界を代表する団体。
国内の主要な企業や組織が加盟しており、言ってみれば日本を支える大企業の力が集結しているところだ。
美雪は、もう理解した。
一社だけでも物凄い力のある国内の大企業が、集結している団体。
その組織票がどれだけ凄いか、想像するのは簡単だ。
そして、大企業から取引のある中小零細企業、組合、協会。いや、経複連自体から仕事を受けている企業もあることだろう。
その影響力は計り知れない。
「山元さん、三浜さん、よく解りました」
美雪は軽く頷き、そう答えた。
将都と亜衣は、よく解っていないようだが、美雪がそう言ったことで、話は次に進む。
「…ミサイル輸出についても、もう説明は不要ですね」
三浜がそう尋ねると、美雪はため息をついた。
「…概要は理解しました。ただ、依頼との繋がりは、まだ」
美雪は、やや訝しげにそう応えると、ここからは山元が口を開いた。
「まだ議題に上がっていないが、自正党内で、日本の兵器武装関連法案の草案が、提出されました…」
その内容は、美雪も耳を疑った。
草案の中には、将来的には日本も核武装もするべきだということも含まれていた。
さすがにこの一件は、表沙汰にこそされてないが、政界の裏で結構な騒ぎになったという。
自正党内でも反対の声が多数上がったらしい。
そして、その話を聞きつけた岡本は、与党の会合に乗り込み、大反対をしたというのだ。
「ちょっと待ってください…岡本議員は、それで?いや、まさか」
美雪はより怪訝な顔で尋ねると、山元も三浜も頷いた。
「弱小のうちの政党にあって、岡本は非常に影響力のある人物でした」
企業、団体の後ろ盾のない市民政党。それが“へいせい革命組”の最大に良いところであり、同時に弱点でもある。
その中にあって、岡本は広島出身。
若い頃から地元広島で被爆者の会や、核兵器に対する反対運動を行っている団体をサポートしていた。
その実績が元で、広島の選挙区ではそれなりの支持を受けてきた。
「そんな人物が、兵器開発、そして輸出することに反対すれば、それを、成し得たい連中にとって、いずれは大きな火種になりかねない。出る杭は打つ…。恐らく、岡本は与党の誰かに暗殺されたと、私たちは考えています」
美雪は、黙ったまま腕を組んだ。
その顔は険しい。
話は思っているより深く、大きいからだ。
山元は、大きなため息をついた。
「それも、それだけの人が、ギャンブルで募金から集めた資金に手をつけたとなれば…市民政党として活動している我々は叩かれまくりです。そのダメージは深刻です」
依頼に対する理由、その話は理解した。
だが、美雪はまだ納得の行かないことがあった。
それは、どうして六堂探偵事務所に依頼を?ということである。
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