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「あっちいいい」
同僚で親友の沢裕介は寒がりだ。なので冬の外出時にはインナーやら厚手の靴下やらで何枚も重ね着して、温度の高い電車の中で汗だくになっている。今日も今日とて、コートの襟をバタバタさせていた。額には玉の汗。
「着すぎなんだよ」
「飯島は着なさすぎ!今日寒いじゃん」
「そうだけど、重ね着して汗かいて、その後冷えるほうがよっぽど寒いだろ」
「薄着で外出るのやだもん」
「鶏が先か、卵が先か」
「ほんとそれ。どうにかなんないもんかな」
「代謝を上げるのが正解だろ」
「そんな低くはないはずだけど」
「そろそろ筋トレじゃねえ?」
「・・・・・・・・・」
「おーい」
沢は出来るだけ筋トレとかジョギングなんかと程遠いところで生きていきたがる。学生時代は同じ陸上部だったのに。
「飯島はさ、今も走ってんの」
「たまにな」
「すごいなー、俺は社会人になってから出来るだけ走らないように生活してきたのに」
「って言ったって、休みの日、時々近所走るくらいだけど」
「ほえ〜・・・」
「この間、腹が出てきたからジムに行こうかなって言ってたの誰だったっけ?」
「ああ・・・・・・誰かな?」
「一駅余分に歩くんだったよな?」
「・・・・・・・・・寒くてさ」
「堂々巡りじゃん」
「寒いの嫌いなんだよ・・・」
「ま、お前がそれでいいならいいけどさ」
「なんか見捨てられた気分」
「別に見捨ててねえけど」
俺は鞄の中から紙袋を取り出した。
「これ、やるよ」
「・・・?なに?」
「余分に持ち歩いてるから、会社に着いたら着替えろよ」
紙袋の中身はワイシャツの中に着るインナー。
「これ新品じゃん!いいの?」
「いいよ」
「つか、なんで持ってんの?いつも?」
「いつも。だから気にすんな」
「ありがとう!飯島の鞄、四次元ポケットみたいだな」
「なんそれ」
「俺が困ると、必ず飯島が助けてくれるもんな。こうやってさ」
嬉しそうに笑って、沢は紙袋を自分の鞄にしまい込んだ。俺はコホン、と咳払いをして「まあな」と答えた。
沢に渡したインナーはMサイズ。
俺がいつも着るインナーはLサイズ。
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