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6.俺じゃない
「夢野、」
低い声が降ってきた。振り返ると俺より更に大きなヤツが立っていた。紫帆と同じ二組の時枝だった。男バレのキャプテンか。女子がよく騒いでいるから顔くらいは知っていた。そうか、こいつだったのか。名前を呼ばれただけで全てわかるなんてな。
「何だよ?」
自分の声がやけに高く聞こえた。貴くんの声は甘くて、何かこう女子が寄って来ちゃう声なんだよね、と紫帆がうっとりしてるんだかふくれてるんだかわからない顔つきで言っていたのを思い出す。
「今、ちょっと良いか。」
良くねえよ、全然良くねえ。
「ああ。」
俺とは全然違う切れ長の瞳が強く光っている。
「俺は真田さんが好きだ。」
低い声が弾丸のように飛んできた。
「さ、なださんって真田紫帆?」
他に誰がいるんだよ、と呆れ切った顔を見上げた。癪に触る。一体こいつはどれだけ背が高いんだ?
「何で俺に言うんだよ?」
「え、ああ、まあ仁義?」
仁義ってお前、それ口にすんのうちのじいちゃんくらいだぞ。
「…紫帆は知ってんのか。」
「ああ。」
「いつ?」
「は?」
「いつ告ったんだよ?」
「GWの後。クラスコンパの帰りに。」
時枝は存外素直な奴らしい。こんな問いなんて流せば良いものを、真っ正直に答えている。
「ま、でもアオヒビ戦観に来てくれたからそん時も、かな。」
アオヒビ戦?確かその辺りは俺達も最後のアオヒビ戦に向けて、男子も女子も必死に練習していて結構別々だった。そんな中、観に行っていたのか、男バレの試合を。紫帆がわざわざ。
「…それで、」
声がみっともなく掠れた。
「俺に言ってどうすんの?」
どうすんのって、いやそう言われてもなあ。さっきの鋭い瞳はどこへやら、途端に首をさすっている。
「ま、とりあえず伝えたわ。」
じゃあな、そう言うと肩をポンと叩いて片手を上げて、大男があっさり去って行った。
「何だこれ…」
今までのモヤモヤが形になった妙な安堵感は一瞬で真っ暗な闇に覆われた。
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