8.七年経とうが

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8.七年経とうが

それが七年前のことで、それ以来梅雨の季節になる度に何故か体調を崩す。自分でも笑っちゃうくらいに規則正しく。極寒でも酷暑でも何にもならないのに。 「だからマジで行けないって。」 「何だよ、それ。熱何度あんだ?」 「いや、何度って。」 「言ってみろよ。それいかんで情状酌量の余地があるか決めてやる。」 「何で病人に上からなんだよ?」 「言えない程度か。」 鼻で笑われる。確かに一昨日は八度を突破してやむなく欠勤した。夢野君が熱?ああ梅雨か、もう今年も半分だねえ、と課長の嫌味な笑い声を聞き流した。でも今日は微熱程度で、だからさっき無事帰宅したばかりだ。 「別にいいじゃん、俺じゃなくても。」 「バカ言ってんじゃねえ。」 途端に凄まれる。こいつはいつまでたっても鬼部長が抜けない。 「(ふゆ)直々のご指名なんだよ。」 「知るかよって言うか、村上何とかなんねえの、それ。」 「何だよ。」 「春秋(はるあき)が言えばはいはいって。お前そんなシュガーダーリンだったっけ?やべえ、自分で言ってて吐きそう。」 「聞かされるこっちの身にもなれ。」 二人で同時に笑った。高校時代からの親友は面倒くさいくらいに真面目で、相変わらず厳めしいけれど、でもやっぱり俺の岩だ。本当に弱った時の道しるべだ。 「結婚式の司会なんてさ、ガラじゃねえって。」 「夢野でガラじゃなかったら誰がガラなんだ?」 「何か日本語ヘンだぞ。」 「ともかく、俺も冬もお前しか考えらんないんだって。だから明日は絶対に来いよ。」 青南時代に硬テの一つ下だった春秋冬美と村上が付き合って今年で七年になる。卒業式の日に告白したと聞いた時にはのけ反りそうになり、しかも春秋がOKしたと聞いた時には本当にのけ反った。全然知らなかった、村上が春秋を好きだったなんて。多分村上以外誰も知らなかったと思う。後で訊いたら春秋も驚愕したと言っていたから。 「わかったよ、わかったって。行きゃあいいんだろ?打ち合わせって何すんだよ。」 「メシ食え、酒飲め。いいか、場所は外苑のダイナーの、」 「知ってるって。6時半に、だろ?」 「遅れんなよ?」 「来てもらえるだけ有難いと思え。」 何様だよ、と言うぶつくさ声をタップして消し去った。全く。でも、高校時代から合わせると十年以上も知っている二人が結婚するのに立ち会えるなんて、実はとても嬉しかった。さてと、じゃあ今日は早めに寝といた方がいいな。 「ただまー。」 い、が聞こえないほどドロドロな声が玄関から聞こえて来た。もうそれも耳慣れた。来年からは晴れてナースになる理沙のこの声を聞けるのもあとわずかだ。きっと家を出るはずだから 「よう、お疲れ。」 「うわ、なにメガバンクのお兄ちゃんより遅かったの、私?」 「はは、頑張れナースたまご。」 頭をポンっと叩くと、うん、任しといて、とヨレヨレなくせに勇ましい返事が戻ってきた。あまりにも理沙らしくて思わず吹き出すと、 「何よー、ってもう部屋に行っちゃうの?」 荷物を肩から下ろしながら見上げてくる。 「ああ、明日村上たちと会うんだよ。」 「へえ、村上さんたちと?久しぶりだねえ、え、どこで会うの?」 「外苑のダイナー。」 「うっそ、ダイナー?」 「ん?何だ理沙知ってんの?」 いや知ってるも何も。ウソ、キャーッと意味不明に照れ始めた妹を廊下に置き去りにした。
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